大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)254号 判決

原告 朝銀東京信用組合

(第二二八号事件)被告 東京簡易裁判所裁判官 東京国税局収税官吏

(第二五四号事件・第四〇二六号事件)被告 国

訴訟代理人 西迪雄 齊藤健 小川英明 外五名

主文

一  原告の被告東京簡易裁判所裁判官及び被告東京国税局収税官吏に対する各訴えをいずれも却下する。

二  原告の被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  東京簡易裁判所裁判官蜂谷明が東京国税局収税官吏野坂哲也の請求に対し昭和四二年一二月一二日付けでなした原告本店を臨検・捜索場所とする臨検・捜索・差押許可状三通(犯則嫌疑者方元俊及び同李五達に対する各所得税法違反犯則事件並びに同三和企業有限会社に対する法人税法違反犯則事件に係るもの)及び原告上野支店を臨検・捜索場所とする臨検・捜索・差押許可状四通(犯則嫌疑者金年珍及び同李五達に対する各所得税法違反犯則事件並びに同松本祐商事株式会社及び同三和企業有限会社に対する各法人税法違反犯則事件に係るもの)の各発付処分をいずれも取り消す。

2  前項の臨検・捜索・差押許可状に基づき、昭和四二年一二月一三日、東京国税局収税官吏木場初が原告本店においてなした別紙第二目録(一)ないし(三)記載原告本店分複写物の原本に対する各差押処分及び同小林一誠が原告上野支店においてなした同目録(一)ないし(三)記載原告上野支店分複写物の原本に対する各差押処分をいずれも取り消す。

3  被告国は、原告に対し、別紙第二目録(一)ないし(三)記載の複写物を引き渡せ。

4  被告国は、原告に対し、金五〇五二万三三六五円及びこれに対する昭和四三年四月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  被告国は、その費用をもつて、原告のために、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞及びサンケイ新聞の各全国版の社会面に、見出しに三倍活字、本文に一・五倍活字、記名、宛名及びその各肩書に二倍活字を使用して、別紙第三目録記載の謝罪文を各三回掲載せよ。

6  被告国は、その費用をもつて、原告のために、縦一メートル、横一メートル三〇センチの板に別紙第三目録記載の謝罪文を墨書し、これを原告の本店及び上野支店の各店頭に一か月間掲示せよ。

7  訴訟費用は被告らの負担とする。

8  3ないし6につき仮執行宣言

二  被告東京簡易裁判所裁判官

1  原告の被告東京簡易裁判所裁判官に対する訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告東京国税局収税官吏

1  本案前の答弁

(一) 原告の被告東京国税局収税官吏に対する訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の被告東京国税局収税官吏に対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

四  被告国

1  原告の被告国に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  原告の請求が認容された場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二原告の請求原因

一  原告の地位

原告は、中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であり、東京都内に肩書地の本店(以下「本店」という。)を始め、東京都台東区上野七丁目二番六号所在の上野支店(以下「上野支店」という。)等七か所の支店を有する。

二  本件各処分の存在

1  東京簡易裁判所裁判官蜂谷明(以下「蜂谷裁判官」という。)は、国税犯則取締法(以下「国犯法」という。)二条の規定に基づき、昭和四二年一二月一二日、東京国税局収税官吏国税査察官(以下「査察官」という。)の野坂哲也(以下「野坂査察官」という。)の請求に対し、本店を臨検・捜索場所とする臨検・捜索・差押許可状三通(犯則嫌疑者方元俊及び同李五達に対する各所得税法違反犯則事件並びに同三和企業有限会社((以下「三和企業」という。))に対する法人税法違反犯則事件に係るもの)及び上野支店を臨検・捜索場所とする臨検・捜索・差押許可状四通(犯則嫌疑者金年珍及び同李五達に対する各所得税法違反犯則事件並びに同松本祐商事株式会社((以下「松本祐商事」という。))及び同三和企業に対する各法人税法違反犯則事件に係るもの)(以下右許可状七通を「本件許可状」という。)の各発付処分(以下「本件発付処分」という。)をなした(右の犯則嫌疑者五名を以下「本件犯則嫌疑者」という。)。

2  被告東京国税局収税官吏(以下「被告収税官吏」という。)の先任者である東京国税局収税官吏統括国税査察官(以下「統括官」という。)の木場初(以下「木場統括官」という。)は、国犯法二条の規定に基づき、同月一三日、本店において本件許可状(本店分)により臨検・捜索を行い、別紙第一目録(一)差押目録写し(本店分)記載の物件に対する差押えをなし、同じく小林一誠(以下「小林統括官」という。)は、同日、上野支店において、本件許可状(上野支店分)により臨検・捜索を行い、別紙第一目録(二)差押目録写し(上野支店分)記載の物件に対する差押えをなした(以下、両統括官の右臨検・捜索・差押えを「本件強制調査」、このうち差押えを「本件差押処分」、これにより差し押えられた右物件を「本件差押物」という。)。

3  東京国税局収税官吏は、本件差押物の一部につき複写機(ゼロツクス)により別紙第二目録(一)ないし(三)記載の複写物(以下「本件複写物」という。)を作成した上、現にこれを東京都千代田区大手町第二合同庁舎東京国税局内において占有している。

(中略)

第五被告収税官吏・同国の主張

(中略)

六 本件強制調査の手続上の違法について

(中略)

9 関連性の不存在について

(中略)

(三) 個別的関連性

本件差押物の本件各犯則事実との関連性を、別紙第一目録の物件名に即して個別的に説明すれば、以下のとおりである。

〈1〉  伝票(払戻請求書、入金票、収納伝票)

伝票は、金融機関の原始記録として、すべての取引についてその取引の行われた都度作成される基本的な書類である。伝票は、〈i〉預金の払戻請求書等原始記録をそのまま代用することが多く、預金者本人の筆跡、印影等が残されていることが多いので、その筆跡等を犯則嫌疑者の筆跡等と対照することによつて仮名預金の帰属を解明することができ、〈ii〉取扱担当者が押印したり、預金者等に代わつて記載していることがあるので、犯則嫌疑者を担当する行員の取り扱つた預金を調査することによつて犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見することができ、〈iii〉預金の払戻しの際、預金者に渡す番号札の番号を伝票に記載しておくことが多く、数口の預金払戻しを一時に行う場合には、同じ番号札による現金払戻しが行われることが多いので、伝票に記載された番号から名義の異なる数口の預金が同一人に帰属することを推定することができ、〈iv〉仮名預金を払い出して他の仮名預金を設定する場合に、日にちをずらしたり、金額を分割又は統合することがしばしば見られるが、解約日以後数日間の入金伝票を精査することによつて、新たに設定された預金を発見することができる。

〈2〉  預金申込書

預金申込書は、預金取引を始めようとする者に、その住所、氏名、職業、連絡先等を記載の上提出させる書類であつて、犯則嫌疑者及び関係者の実名預金の存在が直ちに判明するほか、申込書の筆跡から仮名預金の帰属を確定でき、また、真実の預金者名がメモ書きされていることがあるので、その記載から、仮名預金を発見することができる。

〈3〉  印鑑票(印鑑簿)

印鑑票は、預金者の印影を登録するための書類であつて、払戻請求書の印鑑と照合するために用いるものである。既に犯則嫌疑者宅等において発見されている印鑑と、印鑑票に押印してある印影とを照合することによつて仮名預金を発見することができるし、印鑑票に真実の預金者の名前や連絡先等がメモされていることがあるので、それらを調査することによつて未発見の仮名預金を発見することができる。

〈4〉  当座取引約定書(当座新規書類)

当座取引約定書は、当座取引を開始するに当たり金融機関と預金者との間で取り交す契約書であるが、当座取引が一種の与信契約であることから、預金者の事業内容や他人名義で当座取引をする場合には、その事実、その他参考となる事項を記載した資料が約定書に添付されていることが多い。したがつて、これを調査することにより、犯則嫌疑者の事業内容や他人名義が用いられている場合に真実の預金者名等を解明することができる。

〈5〉  手形帳小切手帳受領書(又は受領簿、受払簿)

手形帳小切手帳受領書は、預金者に手形帳又は小切手帳を交付したときに、その預金者から徴する受領書であり、他人名義で当座取引をしている場合であつても、受領書の筆跡の照合によつて、また、本人名義と他人名義の小切手帳又は手形帳を同時に受領することがあるので、その手形帳、小切手帳受領書の状況、例えば、連続してとじ込まれている受領書の名義人の筆跡、印鑑の調査によつて、他人名義の取引を把握することができる。

また、手形帳小切手帳受払簿のように、手形帳、小切手帳の払出しの状況を記録した内部書類によつても、その払出状況を調査し、本人名義又は既に判明している架空名義の前後の名義人について調査することによつても、右のような解明が可能である。

〈6〉  新規受付簿(新規控簿)

新規受付簿は、預金の発生状況を把握するために預金の発生順に口座番号、預金者の住所、氏名等を記載した帳簿であつて、架空名義の場合に実際の預金者がメモしてあつたり、他の預金から乗り換えられた場合にその事実がメモしてあることが多いので、それらを調査することによつて新たな仮名預金を発見することができる。

〈7〉  新規番号簿

預金者に預金通帳又は預金証書を交付する場合、通帳又は証書の番号の重複を避けるために、新規番号簿に基づいて付番し、番号簿には預金者の住所、氏名等を記載しておく。数口の仮名預金を何日かに分けて設定する場合にも、預金通帳等は同時に交付し(この場合預金のための現金等は正規の預金日までは銀行に一時預かりとされている場合が多い。)、したがつて、預金通帳等の番号は一連となつていることがあり、付番の状況等を調査することによつて一連の仮名預金を発見することができる。

〈8〉  預金証書・通帳受領簿(預金証書発行控)

預金証書、通帳受領簿は、預金証書又は通帳を得意先係担当者等に交付した事績を記載する帳簿であり、同一の担当者に名義の異なる数冊の証書又は通帳を同時に交付しているような場合に、それらが同一人の仮名預金であることがあり、その帰属を解明することができる。証書発行控についても同様である。

〈9〉  預金名簿

預金者名簿は、営業活動の必要から、特定の時期における全預金者の住所、氏名、その時点での預金残高等を書き出した名簿で、仮名預金については、実際の預金者名がメモされていることが多いので、その記載から新たな仮名預金を発見することができる。

〈10〉  索引簿(索引帳)

索引簿は、預金の種類ごとに預金者名を五十音順に配列した名簿で、預金者ごとに口座番号、預金の設定及び解約年月日等が記載されている。索引簿によつて犯則嫌疑者又は関係者ごとに預金の存在及び設定、解約の状況が判明するほか、名義は異なつていても、設定、解約が同時であるなどの事実から、新たな仮名預金を発見することができる。

〈11〉  預金者住所録

預金者住所録は、預金者に連絡をとる場合に備えて預金者の住所、氏名を五十音順等に記載した帳簿で、架空名義については、郵便物が返戻されるので、住所録にその返戻の事実が記載されていたり、金融機関側で架空名義であることが分かつている場合は、初めから住所録に登載しないので、それらの事実から、仮名預金の手掛かりをつかむことができる。

〈12〉  名寄帳

名寄帳は、特定の預金者を中心として、本人及びその家族名義及び架空名義の各預金をすべて名寄せした帳簿であり、預金の存在の確認及び仮名預金の全ぼうを把握することができる。

〈13〉  住所変更届・改印届・紛失届

預金者の住所変更、改印、印鑑紛失等の届書であり、仮名預金の印鑑紛失届には真実の預金者名がメモしてあることがあるので、これによつて仮名預金を発見することができるし、住所変更届等は、通常実名預金についてのみ行われるので、この届けがある場合は実名預金であるとの判断をすることができる。

〈14〉  事故届綴

事故届綴は、金融機関と預金者との間にトラブル等異例の事故が発生した場合に、その関係書類をつづつたもので、架空名義の預金等についても実際の預金者名等が記載されているので、仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。

〈15〉  預金期日帳

預金期日帳は、定期預金等の満期日を一覧式に整理しておき、期日到来前に預金者に期日の案内と預金の継続依頼をするための帳簿であり、仮名預金については、真実の預金者名が記載されていることが多く、また、証書の解約日が記載されているので、多数名義の預金が一括して解約されている場合には、同一グループの仮名預金であるとの推定がされ、他の資料との照合等から犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見することができる。

〈16〉  非課税申告書

架空名義預金について非課税貯蓄の申告を行つている例が多く見られるが、非課税貯蓄申告書の筆跡、使用印鑑及び取扱担当者名を調査することにより、仮名預金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈17〉  解約届(解約理由書、解約申込書)・解約回議書

解約届は、定期預金等の預金者から提出される中途解約の申込書であり、解約回議書は、解約届に基づいて作成する金融機関内部の決裁文書であつて、いずれも解約の理由等が記載されている。定期預金等の中途解約は異例の取扱いであるから、その預金が架空名義の場合は、解約届又は回議書には真実の預金者名が記載されていることが多く、また、多数名義の預金が一括して中途解約されている場合には、前記預金期日帳の場合と同様、犯則嫌疑者に帰属する預金を発見することができる。

〈18〉  解約預金証書

解約預金証書は、預金者が裏面に署名押印(無記名定期預金の場合は押印のみ)するので、その筆跡、印影から、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見することができる。また、解約預金証書は、出金伝票として、又はそれのみ別つづりとして保管されているので、同時に解約された預金証書を検討することによつて、帰属確定の手掛かりとすることができる。

〈19〉  預金債権譲渡による名義変更願書綴

預金債権の譲渡があつた場合に、名義変更願書が提出されるが、その場合は真実の譲渡人と譲受人が明らかになつているので、仮名預金を発見する手掛かりとなる。

〈20〉  預金元帳

預金元帳は、伝票と並んで金融機関の基本的な帳簿の一つであり、通常、預金者の氏名、住所、職業、電話番号(時には印影)、入出金の年月日、金額及び内容等が記載されており、〈i〉預金元帳に基づく残高が犯則嫌疑者に帰属する預金の残高を直接証明する証拠となるし、〈ii〉印影が押されている場合は、犯則嫌疑者の調査により発見された印鑑と照合することによつて、仮名預金の帰属を確定することができ、〈iii〉仮名預金の元帳に真実の預金者名や連絡先がメモされていることがあるので、これによつて預金の帰属を明らかにすることができる。また、〈iv〉入出金の内容、すなわち、現金入出金、振替入出金、他店券入金、振込入金、交換払出金等の区分が記載されているので、これを基に資金の動きを調査することができる。更に、〈v〉流動性預金(当座預金、普通預金)は、その口座の入出金状況が一覧的に分かるので、元帳を検討することによつて預金者の業態が推測でき、犯則嫌疑者の業態と照合することによつて、犯則嫌疑者の仮名預金発見の材料とすることができる。

〈21〉  預金利子諸税記入帳

預金利子諸税記入帳は、金融機関が預金者に対し預金利息を支払つた場合に、その都度その内容を記載する帳簿であり、取引口座ごとに預金者名、預入れ期間、預金利子の総額、源泉所得税の額、差引手取額等が記載されている。仮名預金は、数口ないし数十口に分散して設定することが多く、解約又は切替えも一時に行われることが多いので、右記入帳によつて判明した解約日又は切替日の同一性から犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりを得ることができる。また、同時に多数の預金の解約又は切替えがなされている場合に、それらが同一人に帰属する旨のメモ等がされていることがあるので、その記載から仮名預金を発見することができる。

〈22〉  異例事項簿・貸付係違例事項簿

異例事項簿は、金融機関における正規の方法とは異なる例外的な事務処理を行つた場合、例えば、銀行が熟知している得意先については、印鑑を持参しないときであつても預金の払戻請求に応じ又は貸付けを実行することがあり、このような処理をした場合にその事績を記録する帳簿である。したがつて、架空名義の預金又は貸付金について右のような異例の取扱いがされている場合には、取扱担当者は真実の預金者を熟知しているので、その担当者に質問して真実の預金者又は貸付先を明らかにすることができる。

〈23〉  事故簿(当座預金)

事故簿(当座預金)は、手形の不渡事故が起こつた場合に、その経緯を記録した帳簿であり、不渡りを防止するため預金者に連絡して他の預金口座から当座預金へ振り替えたような場合に、その経過が記載されているので、仮名預金からの振替えがなされているときは、その仮名預金の真実の預金者を知ることができる。

〈24〉  預金記録表・預金日報・預金整理簿

預金記録表、預金整理簿は、預金者ごとに預金残高を月末、年度末に書き出したものであり、預金日報は、預金の新規契約、解約の状況を日々記録したものである。いずれも、預金の種類、名義、金額等が記載されており、仮名預金の欄に実際の預金者の氏名がメモされていることが多く、特に預金日報には、従前の預金をいつたん解約して別の預金を設定した状況が分かるように表示されていたり、大口預金の設定、解約の状況が一見して分かるようになつているので、仮名預金を発見する手掛かりとなる。

〈25〉  週間掛金日報・定期積金日計表

週間掛金日報は、月掛貯金の集金担当者が集金状況を一週間ごとにまとめた報告書であり、定期積金日計表は、毎日の集金状況を担当者ごとに預金名義別に記録したものである。集金事務は、通常地域分担となつているので、架空名義の預金者が担当地域外の架空の住所を届けている場合には、当該担当者の担当地域以外の住所のものが日報又は集計表に記載されることとなり、仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。

〈26〉  取引状態記録簿

取引状態記録簿は、特定の取引先との取引状況を記載した書類であつて、預金、貸付金等の取引状況のほか、当該取引先の業態、将来性、家族構成等も記載されるので、当該取引先の実態を明らかにすることができ、また、取引先が仮名預金を設定している場合には、その事実が記載されていることが多いので、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりとなる。

〈27〉  預金残高集計表(又は残高表)

金融機関が月末、年度末又は中元、歳暮の時期等に預金者ごとの預金残高を集計し、贈答等の資料とするために作成する内部書類であるが、その性質上、仮名預金が名寄せされていることがあるので、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見するために有効な書類である。

〈28〉  預金(積金)書抜き綴帳

預金(積金)書抜き綴帳は、主として大口の預金(積金)について種類別に設定、解約等日々の動きを書き抜いた書類であつて、架空名義のものについては実際の預金者名、連絡先、集金先等が記載されていることが多く、仮名預金を発見する手掛かりとなる。

〈29〉  普通預金精査表

普通預金精査表は、金融機関の各店舗における毎日の普通預金の入金総額、出金総額及び預金残高を記載したものであり、犯則嫌疑者特に松本祐商事、三和企業のような金融業者にあつては、大口の入出金を行うことが多いので、普通預金精査表に多額の入出金のあつた日についての入出金伝票等を精査することによつて、仮名預金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈30〉  月額積金契約高残高並びに掛込状況表

月掛積金契約高残高並びに掛込状況表は、月掛積金契約による預金の全部について、名義人ごとに契約総額、積立額、未納額等を記載した表であり、架空名義の契約であつても、契約どおり払込みがされない掛金については督促をする必要から、実際の集金先が記載されていたり、掛込みの遅延した理由がメモ書きされていることがあるので、仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。

〈31〉  残高証明書・残高証明依頼書

預金者が金融機関に自己の預金残高の証明を求める場合には、残高証明依頼書が提出され金融機関はこれに基づいて証明書を発行し、その控えを保存しておく。残高証明書は、預金者が他の金融機関又は取引先等に対し、自己の資金力を証明するために用いるので、実名のみならず仮名預金の残高も含めて作成することが多く、実名義預金の残高と比較することによつて、仮名預金の存在を明らかにすることができる。

〈32〉  むつみ定期預金書類・据置貯金綴

むつみ定期預金又は据置貯金の獲得状況を本店業務部等へ報告した書類であり、大口の契約を獲得した場合には実名、架空名義を含めた総額で報告することが多いので、その内容を検討することにより、仮名預金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈33〉  当座入金支払伝票明細書

当座入金支払伝票明細書は、当座預金に入金された手形、小切手の交換銀行、裏書人等を記載した明細書であり、犯則嫌疑者に帰属する当座預金に係るものであれば犯則嫌疑者の取引先名が判明するので、右取引を調査することによつて、犯則嫌疑者の収支を調査することができる。

〈34〉  債権譲渡関係綴

債権譲渡関係綴は、預金者が預金債権を他人に譲渡した場合に、その関係書類をつづつたものであり、その預金が架空名義であつても、金融機関は実際の譲渡人及び譲受人名を把握しており、その旨メモしていることがあるので、真実の預金者を明らかにすることができる。

〈35〉  借入金(又は手形割引)申込書

借入金申込書は、顧客が金融機関に借入れの申込みをする際に提出する書類であるが、これには、借入金の使途、所要資金の量、自己資金の量、担保の種類、金額等が記載されるほか、金融機関が申込人から聞き取つた申込人の業態、支払能力、資産状況等を記載した書類が添付されていることが多いので、これらを調査することによつて、仮名預金を含む預金の総額、資産負債の明細、他人名義で営業している場合のその事業の存在等が明らかとなる。

〈36〉  貸付禀議書(貸付回議書)・貸付関係書類

貸付回議書は、借入れの申込みに対し貸付けの担当者が調査を行い、その結果に基づき店内の決裁を仰ぐ書類、貸付禀議書は、一定額以上の貸付けについて本店審査部等に禀議する書類、貸付関係書類は貸付けに関する一件書類を貸付先別に整理したものである。いずれも、前記借入金申込書と同じく、借入金の使途、担保の内容、申込人の業態、支払能力、仮名預金を含めての資産状況等が詳細に記載されているので、仮名預金の存在を知ることができ、また、銀行査定の支払能力と実名の預金、不動産等を対照するなどして仮名預金の存在を推定することができ、その発見の手掛かりとなる書類である。

〈37〉  信用調書綴

信用調書は、預金者の信用状態を調査、記録した書類で、他の金融機関に照会して回答を得たものと、他の金融機関に回答したものの控えとがある。いずれも、当該預金者の年商、従業員数、営業所の所在地、取引先の概要等営業の実態が記載されているので、犯則嫌疑者に係る信用調書を調査することによりその取引先名等が判明するほか、年商の記載と公表売上高とを比較することによつて簿外売上高、更には簿外預金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈38〉  債務弁済契約公正証書(根抵当権設定契約証書)・担保差入証・担保品台帳・担保関係書類

借入れが他人名義で行われている場合であつても真実の借主が担保を差し出していることが多いので、担保差入人を検討することによつて真実の借主を解明することができる。また、借主の所有する他人名義の資産を担保に差し入れることもあるので、担保物件の内容を検討することによつて、他人名義となつている資産の帰属を解明することができる。担保品の内容を検討することによつて真実の借主又は真実の資産所有者を解明することができるという点は、担保差入証、担保品台帳、担保関係書類についても同様である。

〈39〉  公正証書作成委任状綴・委任状等

金融機関が貸付先の委任を受けて公正証書を作成する場合には、貸付先から委任状を徴するが、この委任状には、通常、債務の内容、保証人の氏名、担保の内容等を記載した書類が一綴り又は一袋として一括保管されているので、前記債務弁済契約公正証書等と同様、真実の借主を解明し又は他人名義となつている資産の帰属を解明する手掛かりとすることができる。

〈40〉  担保手形明細表

金融機関は貸付けをする場合に、貸付先以外の第三者の振り出した手形を担保として徴することがあるが、担保手形明細表は、このような手形の振出人、支払期日、支払場所等の明細を記録した書類である。担保として持ち込まれた手形の振出人又は裏書人は、通常、貸付先の取引先であるから、犯則嫌疑者が担保として持ち込んだ手形から犯則嫌疑者の取引先が判明するし、同一人の振り出した手形が仮名預金に入金されている場合に、その預金が犯則嫌疑者に帰属するものかどうかを解明することができる。

〈41〉  手形貸付金元帳(割引手形元帳)

貸付金元帳等は、手形割引、手形貸付けに係る貸付けの事績を記録する元帳で、債務者名、手形の振出日、振出人、支払場所、金額、支払日等が記載されている。犯則嫌疑者の借入金勘定(又は割引手形勘定)の残高を直接証明する証拠となるほか、割引依頼人の名前が架空であつても割引手形の振出人、受取人、裏書人が、犯則嫌疑者あるいはその関連会社、関係人及びその取引先であるかどうかを検討することにより、真実の依頼人を解明することができる(受取人等が犯則嫌疑者及びその関連会社であつた場合や振出人が取引先であつた場合は、犯則嫌疑者が真実の依頼人である場合が多い。)し、手形貸付の債務者名が架空であつても、金融機関では真実の債務者を把握しておく必要から、元帳に真実の債務者がメモされていることが多く、また、担保品の名義等から真実の債務者等を解明することができる。

〈42〉  割引料(利息)計算書

割引料計算書は、金融機関が手形を割り引いて割引利息を徴収した場合に作成する利息計算の明細書で、金融機関ではその控えを保存している。割引の依頼が実名義と架空名義の双方で同時に行われている場合であつても、割引料は合計額で徴収するので、その内訳を検討することによつて架空名義による手形の割引を発見する手掛かりとすることができる。

〈43〉  貸付金利息帳

貸付金利息帳は、延滞利息の計算帳であり、貸付先、貸付金額、延滞利息の計算内容等が記載されている。貸付先が架空名義であつても延滞利息を請求するために真実の貸付先名が記載されていることが多いので、架空名義の貸付けを発見する手掛かりとすることができる。

〈44〉  保険関係書類

銀行借入れの担保に差し入れた不動産については、金融機関の要求により保険を掛けるので、犯則嫌疑者に係る保険関係書類の内容を検討することにより犯則嫌疑者の財産の存在を明らかにする手掛かりとなる。

〈45〉  承諾書関係書類

承諾書には、連帯保証人となることの承諾書及び担保を差し入れることの承諾書があり、承諾書を徴求するに至るまでの関係書類が一括保管されているので、承諾書の提出者が犯則嫌疑者であればその債務が犯則嫌疑者に帰属するものかどうかが明らかとなるし、犯則嫌疑者に帰属しない場合であつても、債務者が犯則嫌疑者とどのような関係にあるのかを明らかにすることができる。

〈46〉  貸付金残高証明書綴

金融機関は貸付先の求めに応じて貸付金の残高証明を行うことがあるか、その証明書を発行するに当たつて、実名、架空名義を含めた貸付金の残高を調査し、証明する範囲について貸付先と協議した場合には、その事績を証明書の控えとともに一括保管しているので、その内容を検討することによつて架空名義の貸付金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈47〉  手形関係フアイル・約束手形

決済の済んだ手形は、振出人に返すまで金融機関が保管しているが、その手形の印影と犯則嫌疑者の使用している印鑑の印影とを比較したり、名義は異なつていても手形を一括してつづつているなどの状況を調査することによつて、架空名義の手形貸付金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈48〉  手形(証書)貸付受付簿・貸付予定表・貸付実行表

手形(証書)貸付受付名簿は、貸付けの申込みがあつた場合に、申込日、申込人の氏名、申込金額を、貸付けを実行した場合にはその日付と金額を記載する帳簿であり、貸付予定表及び貸付実行表は、貸付けの申込みがあつた場合に実行の予定月日、金額等を記載する書類である。犯則嫌疑者の申込額と実行額とに差額がある場合に、不足分をどのようにして調達したかを犯則嫌疑者に追及することによつて、未発見の取引金融機関を知ることができるし、一部を架空名義によつて実行している場合は、その架空名義による取引を発見する手掛かりとすることができる。また、名義は異なつていても、申込日又は実行日が同一であつたり、貸付金の振り込まれた口座が同一であれば、同一人に対する貸付けであるとの判断の貸料となる。

〈49〉  回議発送簿・発送簿

回議発送簿及び発送簿は、貸付関係の禀議書等を本店審査部に発送した事績を記録した帳簿で、同一人が架空名義で複数の借入れをした場合であつても、発送簿には一括して何件と記録されるので、架空名義の貸付金を発見する手掛かりとなる。

〈50〉  手形(証書)貸付記入帳・割引手形記入帳

手形(証書)貸付記入帳は、実行された貸付けを日付ごと、貸付先ごとに記入する帳簿であり、割引手形記入帳は、割り引いた手形について依頼人ごとに手形の振出人、期日、金額等を記入する帳簿である。名義は異なつていても、実行日又は取扱者が同一であるなどの事実から、架空名義の貸付金を発見する手掛かりとすることができる。

〈51〉  手形貸付金(割引手形)期日帳・期日帳

期日帳は、手形貸付金の返済期日、割引手形の決済期日及び取立依頼された手形の決済期日を期日ごとに管理するための帳簿である。手形貸付けの場合は、貸付先に期日到来の旨を連絡するために、割引手形及び取立依頼された手形の場合は不渡事故等の連絡に備えて、実際の連絡先が記載されていることがあるので、架空名義の貸付金を発見する手掛かりとなる。また、割引手形期日帳には、手形の内容も記載されるので、犯則嫌疑者と取引のある者の振り出した手形が架空名義で割引依頼されている場合に、実際の依頼人が犯則嫌疑者でないかどうかを解明することができる。

〈52〉  代金取立手形記入帳

代金取立手形記入帳は、顧客が手形の取立てを依頼して来た場合に、金融機関がその手形を預かつた日、支払場所、取立依頼人の氏名、手形の期日等を記載する帳簿であるが、取り立てた手形代金を受け入れる預金口座が架空名義となつている場合に、手形の不渡事故等の連絡は真実の預金者にしなければならないので、このような連絡に備えて真実の預金者名がメモされていることがあるし、既に発見された仮名預金で取り立てられている手形の振出人と同一人の振り出した他の手形が他の預金口座でも取り立てられている場合には、その口座が犯則嫌疑者に帰属する疑いが強く、他の仮名預金発見の手掛かりとすることができる。

〈53〉  交換持出手形記入帳・手形記入帳

交換持出手形記入帳は、取立てのため依頼人から持ち込まれた手形、小切手等を金融機関が交換所に持ち出す際に、持出し日付、依頼人の口座名、手形又は小切手の振出人、期日、金額、支払場所等を記載する帳簿である。預金の入出金のうち、他店券による入金先を調査するためには必要不可欠な帳簿であり、右入金先の調査によつて右入金が犯則嫌疑者の損益に関係があるか否かの判定ができる。また、同一の入金先からの入金であつても、一部は実名義、他は仮名預金で取り立てる場合があり、この記入帳を精査することによつて、仮名預金を発見することができる。なお、単に手形記入帳と記載されているものも、代金取立手形記入帳又は交換持出手形記入帳のいずれかである。

〈54〉  交換持出手形不渡記入帳・不渡手形控帳

交換持出手形不渡記入帳は、顧客から取立てを依頼され、手形交換に持ち出された手形が不渡りとなつた場合に、その手形の交換持出日、期日、額面金額、振出人、取立依頼人等を記載する帳簿であり、取立依頼人に不渡りの事実を連絡する必要から取立口座が架空名義となつている場合であつても、実際の依頼人名又は連絡先が記載してあることが多い。また、同一人から実名義、架空名義双方を用いて取立依頼がされた場合には、不渡りは実名、架空名義いずれについても発生するので、支払人が同一であることから、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。不渡手形控帳は、交換持出手形不渡記入帳又は交換受入手形不渡記入帳と同じ内容である。

〈55〉  交換受入手形不渡記入帳

交換受入手形不渡記入帳は、顧客の振り出した手形が不渡りとなつた場合に記入する帳簿で、手形の振出人、期日、金額、交換持出銀行名等が記載される。大口預金者等の特定預金口座の資金が不足した場合には、金融機関はその旨を預金者に連絡して、他の架空名義の預金口座から振り替えるなどして不渡りの発生を防止し、いつたん記載した記入帳も抹消することがある。このような場合には、記入帳の抹消の事実や振替えに使用された口座を検討することによつて、仮名預金を解明することができる。

〈56〉  貸付日報・手形貸付日報綴

貸付日報、手形貸付日報は、貸付けの実行、貸付金の回収の状況を日々記録したもので、日付、貸付先名、金額等が一覧的に記載されている。貸付けを実名義と架空名義とで同時に行つた場合に、実行日又は回収日の同一性、金額の類似性等を総合検討することにより、犯則嫌疑者に帰属する架空名義の貸付金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈57〉  期日経過貸金回収日報

期日経過貸金回収日報は、貸付金又は貸付利息の回収日が到来しても支払われないものについて、その内容を記載するとともに、回収の事績を記録する書類であり、実際の請求先、集金先がわかるようになつているので、犯則嫌疑者に対する架空名義の貸付金を発見する手掛かりとすることができる。

〈58〉  相殺性貸金月報及び回議書類・期日経過及び相殺性貸出金明細表

相殺性貸金とは、預金を担保とした貸金のことであり、相殺性貸金月報は、貸付先、貸金の期日、担保となつている預金の金額、満期日等を整理したもの、回議書は、月報を関係部課に回議したもの、期日経過及び相殺性貸出金明細表は、期日の経過した相殺性貸出金を整理して記載したものである。いずれも、相殺の事実を貸付先に通知する必要から、架空名義の貸付先であつても、実際の貸付先名又は連絡先が記載してあることが多く、また、相殺適状にある預金のほか将来期日が到来する他の預金についてもメモされていることがあるので、それらを検討することにより仮名預金又は架空名義の貸付先を発見する手掛かりとすることができる。更に、実名義と架空名義とで同時に数口の貸付けをしている場合には、貸付日、支払期日、返済日、使用している印影、貸付金額、担当者の同一性から、架空名義分を明らかにすることができる。

〈59〉  分類貸出金明細書

回収に不安のある一定金額以上の貸付金を分類貸出しといい、分類貸出金明細書は、分類貸出しとして厳重に管理するよう監督官庁から指示された貸金の明細書である。分類貸出しという指摘を受ける貸付けについては、実名で明細を整理するので、この明細書の中の犯則嫌疑者又は関係人以外の名前の貸付けは犯則嫌疑者に関係のない貸金であるとの判断をすることができる。

〈60〉  貸付(貸出金)残高集計表

貸付残高集計表は、特定の時点における貸付金のすべてを一覧表としたものであつて、貸付先別に返済期、金額及び貸金の担保となる預金の内容等が記載されている。この預金の内容は、債務者本人名義だけでなく、家族名義、架空名義等実質的に当該貸付先に関するものを含めて記載されていることがあり、その記載内容から犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。また、実名の貸付けと架空名義の貸付けとがある場合に、それらが同一人に帰属するものである旨の表示が右残高集計表上にされていることがあるので、犯則嫌疑者に帰属する架空名義の借入金を発見する手掛かりとなる。

〈61〉  大口債権調

大口債権調は、一定金額以上の大口貸付金について貸付先の住所、氏名、職業、業況、貸付残高、関連する預貯金等を一覧表としたもので、架空名義の貸付金についてはメモ等がしてあることが多いので、架空名義の貸付金を発見する手掛かりとすることができる。

〈62〉  現金収支残高(在高)表・支払帳

現金収支残高表は、金融機関における現金収支を記録し、閉店後現金残高と照合するための帳簿である。従前の預金を払い出して直ちに別の仮名預金を設定した場合、伝票上は現金による入出金を装つていても、実際には現金が動かないので、この帳簿に記載されず、その事実から新たな仮名預金を発見することができるし、右の場合、一部現金を持ち込んで新たな仮名預金を設定したようなときも、その事実を明らかにすることができる。なお、支払帳は、現金収支残高表の付表であり、関連性も同じである。

〈63〉  不渡撤回(回収)依頼書

不渡撤回(回収)依頼書は、金融機関に手形の取立てを依頼した債権者が債務者である手形の振出人から求められて、当該手形の不渡りによる債務者の手形交換所における取引停止処分を避けるために、取立てを依頼した金融機関に不渡処分の撤回を依頼する書類である。手形の回収金を架空名義の預金口座へ入金することとしている場合において、その手形が不渡りになつた場合は、右依頼書に実際の依頼者名の記載があることが多いので、これによつて犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を解明することができる。

〈64〉  返却手形控帳

貸付金の満期返済を受けた場合には、貸付先が差し入れた手形は返還することとなるが、返却手形控帳は、その返還の事績を記録した帳簿である。名義の異なる貸付金の返済が数日にわたつて行われている場合であつても、手形の返還が一時になされているようなものについては、同一人に対する貸付金であるとの推測ができ、架空名義の貸付金を発見する手掛かりとすることができる。

〈65〉  不渡手形授受簿・不渡小切手手形受領控帳

手形交換所に持ち出された手形、小切手が不渡りのため返された場合に、その手形の取立依頼人、振出日、支払期日、金額等を不渡手形授受簿に記載し、この手形、小切手を依頼人に返還する際は、手形受領控帳に受領印の押捺を受けている。架空名義で取立依頼された場合であつても、不渡手形授受簿には実際の連絡先が記載されていることがあり、また、実名義、架空名義双方で取立依頼を行つている場合は、不渡りも同時に発生するので、架空名義の取立口座を発見する手掛かりとすることができる。不渡小切手手形受領控帳の受領印には、実名義の印鑑が押されることがあり、また、異なる依頼人名義のものに同一の印鑑が押されていることがあるので、架空名義の取立預金口座を発見する手掛かりとすることができる。

〈66〉  手形・小切手

取立てのため依頼人から預かつた手形、小切手又は手形交換所に持ち出したが不渡りとなつた手形、小切手のうち取立依頼人に未返却のものは金融機関が保管しているが、これらの手形、小切手の振出人に犯則嫌疑者の取引先と同一のものがないかどうか、裏書人の印影に犯則嫌疑者の使用している印鑑と同一のものがないかどうかを調査することによつて、その手形、小切手の真実の取立依頼人を解明する手掛かりを得ることができる。また、その手形、小切手が犯則嫌疑者の取立依頼に係るものである場合は、裏書の経路を調査することによつて、取引の内容を明らかにすることができる。

〈67〉  代金取立手形預り証

代金取立手形預り証は、取立依頼人から手形、小切手を預かつた場合に発行する預り証であるが、決済後、その預り証を依頼人から回収して金融機関が保管している。回収はある程度まとめて行うのが通常であり、名義が異なる場合であつても真実の依頼人名がメモされていることが多く、架空名義の取立口座を発見する手掛かりとなる。

〈68〉  代手振込帳

代手振込帳は、代金取立てのため交換所へ持ち出した手形、小切手が入金済みとなつた場合に、その旨を依頼人に連絡をした事績の記録であり、連絡先の氏名、電話番号等が記載されているので、架空名義の取立依頼人を解明する手掛かりとすることができる。

〈69〉  取立手数料領収証綴

金融機関は、他の金融機関等に対する手形代金の取立てを依頼された場合は、依頼人から取立手数料を徴収するが、その際発行した領収証の控えを保存している。依頼人が複数の手形を持ち込んだ場合であつても、手数料については合計金額を記載した一通の領収証しか発行されていないことがあり、また、数通の領収証が発行されている場合であつても、同一人が持ち込んだ旨の記載がされていることがあるので、代金取立手形記入帳等と照合することにより、架空名義の取立口座を発見する手掛かりを得ることができる。

〈70〉  東京都公金原符綴

東京都公金原符は、東京都の税金、水道料等の納付の際に納付人が取扱金融機関の窓口に提出するようあらかじめ東京都から納付人に交付される文書の一部で、当該金融機関に保存されるものであり、固定資産税の原符によつて犯則嫌疑者に帰属する固定資産の存在が明らかになるし、仮名預金からの払出金によつて全額納付されている場合には、納付額に見合うその日の出金伝票を点検することによつて、仮名預金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈71〉  現金受領簿・仮領収控・仮証

現金受領簿は、金融機関が預金者や貸付先を訪問して現金等を受領した際に、事故防止のため受領した日付、金額、相手先の氏名等を記載して相手方の認印を受け、更に現金等を持ち帰つた後、出納係の確認印を受ける帳簿であつて、同一人から実名預金と架空名義預金へそれぞれ入金させる現金を同時に受け取つた場合には、それらの名義がメモしてあつたり、仮名預金へ入金する現金だけを預かつた場合であつても実名の印鑑を押してあることがあるので、それらの事実から仮名預金を発見する手掛かりを得ることができる。仮領収控は、現金受領の際相手先に交付した領収証の控えであり、仮証は、交付してあつた仮領収証を通帳、証書等と引換えに回収したものであつて、現金受領簿と同様、同一人から実名預金と仮名預金に入金させる現金を同時に受け取つた場合に、架空名義がメモされていたり、実名義分と架空名義分についてそれらを併せて一通の領収証が発行されている場合は、領収証の金額と実名預金の入金額とを対照することによつて仮名預金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈72〉  領収証・諸経費記入帳・諸経費領収証

金融機関が受け取る領収証には、貸付金の領収証、支払経費の領収書等がある。貸付先から受け取る領収証には、架空名義の貸付けであつても実名義の領収印が押されることがあるし、その筆跡から真実の貸付先が判明することもある。また、経費の領収証については、それが接待、贈答等交際費の領収証であればその支出した日の前後に大口の預金が発生し、大口の預金は全部又はその一部が架空名義とされる場合が多く、交際費以外の領収証であつても、交際費を他の科目の支出であるかのように仮装していることがあるので、それらを追求することによつて仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。諸経費記入帳、諸経費領収証も右経費の領収証と同様の観点から調査するために必要な書類である。

〈73〉  集金カード・貯金カード・延滞積金整理カード

集金カードは、得意先係が日掛、月掛の積金、積立貯金を集金した際に日付、金額等を記録するカードで、預金者の住所、氏名、集金担当者名等があらかじめ記載されている。集金担当者は、通常、地区ごとに決められているので、その担当者の担当地区以外に住所を有する預金者のカードが入つている場合は、架空名義の疑いが濃厚であるし、実名と架空名義のカードを一括して保管している場合には、その状況から仮名預金を解明することができる。

貯金カード及び延滞積金整理カードも、内容的には集金カードと同じである。

〈74〉  預り書控

得意先係が、預金の切替え、解約等のため預金者から預金証書、預金通帳、印鑑等を預かつた場合には、預り書を発行し、その控えを保存している。同時に数通の預金証書等を預かつた場合、預り書に内訳が詳細に記載してあることがあるし、犯則嫌疑者あての預り書が発行されている場合は、伝票によつてその日の預金の切替又は解約等を調査して、仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。

〈75〉  積金日掛月掛集金状況表・積金集金状況表

いずれも、積金の集金担当者が、その月の入金額、未収額等を整理記録した書類であり、架空名義の積金について真実の契約先名が記載されていたり、多数の契約名義が同一人に帰属する旨記載されていることがあるので、架空名義の積立預金を発見する手掛かりとすることができる。

〈76〉  個人別契約高及び解約高報告書

個人別契約高及び解約高報告書は、毎日の預金の設定、解約の状況を記録する書類で、一口ごとに預金者の名義、金額、設定又は解約の日付等が記載されている。架空名義又は無記名預金を一人で数口設定した場合であつても、摘要欄等にその旨記載してあることが多いので、仮名預金等を発見する手掛かりとすることができる。

〈77〉  預金増強運動関係書類・預金増強集団工作報告書

預金増強運動関係書類は、金融機関が随時行う預金増強運動に関する金融機関内部の通達等をつづつた書類で、その運動方針、預金獲得目標額、宣伝等の施策、運動期間中に預金した者に対する贈答品の配付基準等が記載されている。各営業店においては、右通達に基づいて預金者ごとに実名義、架空名義を含む預金残高、預金者の資金繰りの状況、預金獲得目標額、贈答品の内容等をリストにして預金増強運動関係書類綴としているので、右リストの預金残高の記載から仮名預金を発見する手掛かりが得られるし、贈答品の配付基準は預金の設定額によつて異なるので、贈答品の品目から運動期間中になされた預金額が推定され、これを実名義の預金設定額と対比することによつて仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。預金増強集団工作報告書の内容も、右預金増強運動関係書類とほぼ同じであるが、報告書には実際に獲得した預金額が実名義、架空名義を問わず記載されているので、その内容を検討することによつて仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。

〈78〉  渉外活動成果報告書

渉外活動成果報告書は、得意先係の活動の成果を記載した内部報告書であり、同一報告書に実名、架空名義を問わず獲得した預金の額等が記載されるので、これを検討することによつて仮名預金を発見することができる。

〈79〉  渉外係事務引継書類

金融機関の得意先係が交替する場合は、担当していた得意先の住所、氏名、預金特に仮名預金の状況、事業の内容、趣味、性格に至るまで詳細に後任者に引継ぎを行うので、その引継書類を調査することによつて、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見することができる。

〈80〉  仮払金記入帳

金融機関において現金の払出しを仮払いとして処理するのは、〈i〉預金者から預金の払戻金を届けるよう依頼された場合、〈ii〉預金者から端数のついた金額を預金するから釣銭を持つて来るよう依頼された場合等である。いずれの場合においても、このような仮払いを行う相手先は、金融機関と親密な又は影響力の強い預金者であるから、当該預金者を担当している得意先係を調査することによつて、また、釣銭の金額と預金の入金額を併せてラウンドの数字となるような預金を探すことによつて、仮名預金を発見することができる。

〈81〉  仮受金記入帳・仮受月末統計

金融機関の仮受金は、〈i〉顧客から依頼されて他店に資金を送金したところ、送金先に受け入れるべき口座がないため返戻されたような場合、〈ii〉他店から送金されて来たが、受け入れる口座がない場合、〈iii〉不渡処分を撤回するには保証金を積んで手続をしなければならないが、その保証金を受け入れた場合等に発生する。右のような送金に伴う事故があつた場合は、依頼人又は送金先に連絡して処置するので、その連絡先等を調査することによつて、仮名預金口座を発見する手掛かりを得ることができる。仮受金月末統計は、毎月の仮受金の発生内容を原因別に分析するための統計表であり、関連性は仮受金記入帳と同じである。

〈82〉  本支店勘定元帳・本支店交換勘定月末状況表

金融機関の本支店間又は支店相互間における為替送金、手形・小切手の取立て、預金の移し替え等は現金を送金せず、本支店勘定という一種の貸借勘定に計上して処理しており、本支店勘定元帳にはその処理の事績が記帳される。無記名又は架空名義の預金者は、税務調査による発覚を避けるため他の支店に預金を疎開することが多く、本支店勘定元帳の預金の移し替えの内容を検討することによつて、仮名預金等を発見する手掛かりを得ることができる。本支店交換勘定月末状況表も、記載内容は本支店勘定元帳と同じである。

〈83〉  本支店移管稟議綴(回議書)・移管預金集計表・移管明細・移管書類

新たに支店が設けられた場合に、新設支店の管轄区域にある顧客の預金又は貸付金を顧客の了解を得て新設の支店に移管することが通常行われており、移管する預金等の内容を記載して内部の決裁を求めたものが稟議書、各部課にその内容を回覧したものが回議書である。移管預金集計表、移管明細、移管書類も内容は同じである。いずれの書類も、移管する預金、貸付金の名義、番号、金額等が詳細に記載されている。金融機関の役員(本件では、犯則嫌疑者のうち李五達は原告の理事である。)又は大口預金者に対しては、支店開設に当たつて新たな預金の設定を依頼したり、預金の移し替えを依頼することが多いので、移管関係書類を調査することによつて、仮名預金を含めて当該預金の全ぼうを明らかにすることができる場合がある。

〈84〉  仮決算書類・決算書類・決算第一段階資料・仮決算統計書類・決算報告書・仮決算報告書

いずれも、原告の決算に当たつて作成した各勘定科目の内訳明細書であり、預金、貸付金の個々の内容が記載されている。これらの書類によつて、決算時における犯則嫌疑者名義又は関係者名義の預金、貸付金と仮名預金を含む預金等の内容がすべて判明する場合がある。

〈85〉  月報

月報は、毎月の預金、貸付金のすう勢を調査するために作成するもので、預金、貸付金の残高が口座別に記載されている。大口預金者についてはその預金高を把握するため、名義のいかんを問わず真実の預金者がだれであるかが分かるようになつており、仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。

〈86〉  統計資料(総統計表)

統計資料により得意先係担当者ごとに預金獲得高及びその明細が判明するのであるが、右統計資料により得意先係の集金による預金の入金が伝票上窓口扱いとなつている場合には、仮名預金である場合が多いので、仮名預金を発見する手掛かりとなる。

〈87〉  総務関係文書綴

金融機関の総務部門で取り扱う事務は、保護預り、贈答、接待を含む経費の支出、配車関係等であり、総務関係文書綴は、右各事務に関する文書を編てつしたものである。

〈i〉 保護預りについては、預け人が架空名義を用いている場合であつても、総務部門では真実の預け人名を把握しており、それをメモしたものが必ず残されているので、犯則嫌疑者に帰属する架空名義の保護預けを発見することができる。

〈ii〉 車両の運行状況は、配車表に記録されているので、犯則嫌疑者宅へ赴いた日時及び用件と、その日及びその前後の入出金伝票を対照検討することによつて、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金の設定、解約等の事実を明らかにすることができる。

〈iii〉 贈答、接待は、大口預金を設定した場合にも行われるので、犯則嫌疑者に対する贈答、接待が行われた時期における入出金伝票等を調査することによつて、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。

〈88〉  御中元名簿・優良取引先名簿

御中元名簿は、中元の贈答をした得意先の住所、氏名、預金高に応じた贈答品のランク等を記載した名簿であり、優良取引先名簿は、一定額以上の預金者の住所、氏名等を記載した名簿である。いずれも、犯則嫌疑者の実名義の預金高と贈答品のランク又は優良取引先となつているかどうかを検討することによつて、仮名預金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈89〉  預金通帳・預金証書・出資証券

金融機関が預金者から預金通帳、預金証書又は出資証券を預かる(いわゆる素預り)のは、〈i〉預金者が税務調査により仮名預金を発見されないよう隠蔽するためであることがあり、この場合には、保管者はメモ等に真実の預金者名を記載していることが多く、通帳、証書に印影が存する場合には、その印影を既に把握している印影と照合することによつてその預金の帰属を解明することができ、また、既に把握されている犯則嫌疑者の預金があれば、その預金の入出金と素預りしている預金の入出金の動き又は担当者の同一性からその預金の帰属を解明することができる。〈ii〉預金証書を貸付けの担保とするために預かつて手続中である場合があり、この場合にも裏面に押してある印影及び実名、架空名義の預金証書を一括して保管している等の状況から、真実の預金者を解明することができる。

〈90〉  当座勘定入金帳・当座勘定入金控

当座預金に入金した場合、その金額及び手形、小切手、現金等入金の内容を記載した入金帳又は入金控えを預金者に交付する。預金者はこれらの書類を金融機関に預けることがあるが、この場合、金融機関では真実の預金者名を把握しているので、仮名預金を発見する手掛かりとすることができる。

〈91〉  印鑑・メモ等

得意先係の担当者等が預金者から依頼されて仮名預金に使用した印鑑を保管していることがあり、右担当者等を追求することによつて、また、印鑑とともに真実の預金者名を記載したメモ等が保管されている場合があるので、そのメモ等によつて真実の預金者名を解明することができる。

〈92〉  ノート・活動日誌・メモ・メモ帳・卓上日誌・手帳等

商法及び金融機関の内部規定に基づいて制定されている帳簿、伝票等正規の書類のほか、職員が右正規の書類等に登載されるに至らない、例えば顧客との応答の内容、各種情報等を記載したノートを所持していることが多い。このノートには、純然たる個人的な事項が記載されることもあるが、通常は業務に関する事項、特に正規の帳簿書類等に記載されないような預金の帰属に関する事項等が記載されているので、仮名預金、無記名預金の真実の預金者を解明するのに重要な手掛かりとなる。このことは、活動日誌、メモ、メモ帳、卓上日誌、手帳等についても同様である。

〈93〉  出向簿

出向簿は、金融機関の役席者が、大口預金者等の顧客を訪問した際の記録であり、犯則嫌疑者宅を訪問した記事と、その日及びその前後の入出金伝票等を照合することによつて、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりを得ることができる。

〈94〉  手控帳

手控帳は、特定の預金者が設定した預金の全ぼうを漏れなく記載した書類であり、犯則嫌疑者が仮名預金を設定している場合であつても、手控帳の記載によつて帰属を明らかにすることができる。

〈95〉  雑書類

雑書類は、特に表題を付けにくい書類、例えば、照会文書、メモ等雑多な書類を一つづりとし、又は一つの袋に収めたもので、正規の帳簿等には記載しないような断片的な記事の中に仮名預金を発見するための有力な手掛かりを得ることができる。

〈96〉  本部通達綴

金融機関の事務処理の方法、仮名預金の隠匿の方法等は、本部通達によつて各支店に指示されることが多く、査察官が調査を円滑かつ速やかに進めるためには、その内容に精通することが必要であるとともに、仮名預金発見の手掛かりを得ることができる。

〈97〉  他行交換手形添票

他行交換手形添票は、手形、小切手を手形交換所へ交換のため持ち出す際に、相手先の金融機関ごとに手形、小切手の枚数及び合計金額を記載する書類である。交換持出しの際には、他店券記入帳に手形、小切手ごとの内容が記載されるが、右記入帳は備忘的な帳簿であり、記入漏れがしばしばあるため、他行交換手形添票の金額と他店券記入帳に記載された金額の集計額を照合することによつて、記帳漏れの内容を追跡調査することができ、仮名預金発見の手掛かりを得ることができる。

〈98〉  交換加盟一覧表

交換加盟一覧表は、手形交換所に加盟している金融機関の店舗ごとに付番した番号表であり、他店券記入帳等の支払銀行の欄にはこの番号のみを記入していることが多いので、右記入帳等を調査する際に支払銀行を明確にするため必要である。

〈99〉  国民貯蓄組合関係資料綴

国民貯蓄組合に加入している預金の利子は非課税とされていたため、この制度を利用する預金者が多く、右組合に加入していた犯則嫌疑者の預金を調査することによつて、犯則嫌疑者の右加入当時の預金量、資金の動きを把握し、調査対象年度の資金とのつながり等を解明することができる。

〈100〉  経過年度保管書類内訳表

経過年度保管書類内訳表は、金融機関において一定年限を経過した帳簿書類について、年度区分、名称、保管場所等を記載した書類であつて、更に調査すべき書類の有無、その保管場所等を知るために必要である。

〈101〉  読報出席簿

読報出席簿は、原告内部で行われる読書会の出席簿であるが、余白に仮名預金等の書込みがされていることがある。

〈102〉  親展封書

封書の内容は預金、貸金に関するものであるのが通常であり、当該預金及び貸金は右封書の発送人に帰属するものであるとの判断をすることができる。

〈103〉  都特別融資〈臨〉〈小〉〈特優〉要項綴

都特別融資要項綴は、東京都が中小企業者に対して行う特別融資の要項等をつづつた書類で、特別融資の申請手続をした者に係る融資対象事業所を調査することによつて、犯則嫌疑者に帰属する他人名義の事業所を発見する手掛かりとすることができる。

(中略)

第七証拠〈省略〉

理由

第一被告東京簡易裁判所裁判官に対する訴えの適否について

原告は、東京簡易裁判所裁判官の蜂谷裁判官が、国犯法二条の規定に基づき、昭和四二年一二月一二日、東京国税局収税官吏の野坂査察官の請求に対し、原告の本店又は上野支店を臨検・捜索場所とする臨検・捜索・差押許可状七通(本件許可状)の発付処分(本件発付処分)をしたとして、その取消しを求めている。

国犯法二条一項は、「収税官吏ハ犯則事件ヲ調査する為必要アルトキハ其ノ所属官署ノ所在地ヲ管轄スル地方裁判所又ハ簡易裁判所ノ裁判官ノ許可ヲ得テ臨検、捜索又ハ差押ヲ為スコトヲ得」と規定している。この「裁判官ノ許可」(許可状の発付)は、職務上の独立を有する裁判官が、公正な立場において、収税官吏の請求に基づき、収税官吏が臨検・捜索・差押えという強制処分を実施することが適法であるかどうかなどを事前に審査した上、これを肯認するときは、許可状を発付することによつてその強制処分を適法に行うことを得しめるものにほかならない。すなわち、それは、収税官吏に対して強制処分の実施を命ずるものではなく、一連の徴税手続の一環としてなされる国家機関相互間の内部的行為にすぎないのであつて、強制処分を受けるべき者に対して直接に効力を及ぼす行政処分ではない。したがつて、このような行為については、不服申立てに関する明文の規定がない限り、独立の不服申立てを認めない趣旨と解すべきであり、右の許可に関して法律上の不服の理由を有する者は、その許可により実施された強制処分の結果自己の権利が違法に侵害されたことを主張して、行政訴訟により右許可の違法を理由として当該強制処分の取消しを求めるべきものである(最高裁判所昭和四四年一二月三日大法廷決定・刑集二三巻一二号一五二五頁参照)。

右のとおり、本件発付処分は、取消訴訟の対象たる行政処分には該当しないから、被告東京簡易裁判所裁判官を相手方としてその取消しを求める原告の訴えは、いずれも不適法であり、これを却下すべきである。

第二被告収税官吏に対する訴えの適否について

請求原因一及び二の事実は、原告と被告収税官吏との間において争いがないところ、原告は、本件差押処分のうち本件複写物の原本に係る分の取消しを求めている。

しかしながら、本件差押処分に係る差押物(本件差押物)は、すべて原告に還付されているから(このことは原告と被告収税官吏との間において争いがない。)、原告の意思に反しても本件差押物を留置できるという本件差押処分の効力は既に消滅しており、原告には、本件差押処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益が存しないものというべきである。

原告は、東京国税局収税官吏が本件複写物を占有している限り、本件差押処分のうち本件複写物の原本に係る分はなお継続しているというべきであるから、原告にはその取消しを求むべき法律上の利益が存すると主張する。その主張するところは、東京国税局収税官吏が本件差押処分の効力により本件複写物を占有しているのであるから、その占有を排除し、本件複写物を原告に引き渡させるためには、本件差押処分の取消しが必要であり、原告には右取消しを求むべき法律上の利益が存するとの趣旨と解される。しかしながら、本件差押物と本件複写物とは別個独立の物件であつて、東京国税局収税官吏が本件差押処分の効力によつて本件複写物を占有していると解すべき理由は全くなく、本件差押処分の取消しがない限り原告においてその引渡しを求めることができないとか、あるいは本件差押処分が取り消されれば被告国に本件複写物の返還義務が発生するという関係にはない(現に、原告は、本件訴訟において、被告国に対し本件複写物の引渡しを直接請求している。)。換言すれば、原告が本件複写物の引渡しを求め、あるいは本件複写物が作成されたことによる損害賠償を請求するなどの権利救済を求めるために、本件差押処分を取り消してその公定力を排除するという必要はないのである。

したがつて、原告には本件差押処分のうち本件複写物の原本に係る分の取消しを求むべき法律上の利益又は右取消しによつて回復すべき法律上の利益が存しないものというべきであるから、右取消しを求める訴えは、訴えの利益を欠きいずれも不適法としてこれを却下すべきである。

そこで、以下、原告の被告国に対する請求の当否について項を改め検討することとするが、請求原因一及び二の事実は両当事者間で争いがない。

第三本件犯則嫌疑者に対する調査の経緯

一  方元俊関係

成立に争いのない甲第三二号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第七〇号証、証人竹下文男の証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

方元俊は、東京都渋谷区初台一丁目四番一一号に住所を有し、スマートボール店、パチンコ店、バー、キヤバレー、喫茶店等を経営していた者であるが、昭和三八年分、昭和三九年分及び昭和四〇年分の各所得税の累進税率の適用を免れようと企て、所得の一部を親族、知人等に分散して、同人らの名義で確定申告し、あるいは売上げの一部を除外して仮名預金として入金するなどの方法により所得を秘匿した上、右三年間の実際の所得金額が申告額を合計約一億五〇〇〇万円上回つていたにもかかわらず、四谷税務署長に対し、虚偽過少の確定申告書を提出し、もつて約一億円の所得税を免れたとの疑いが認められた。そこで、東京国税局は、昭和四一年五月一二日同人の店舗等に対して強制調査を実施するとともに、その取引先に対して任意調査を開始した。右の調査の結果、同人は、昭和三九年分及び昭和四〇年分について所得の一部を弟の方利俊や知人の李昇鎬及び金東淳の名義で申告し、売上げの一部を除外して仮名の普通預金、定期預金等として入金していたほか、これらの仮名預金からの払戻金約二億二〇〇〇万円を資金の取得又は経費の支払いに当てており、昭和四〇年の中途から仮名預金の一部を実名預金に切り換えていることが認められた。しかも、同人は、取引内容を記帳すべき帳簿書類を備え付けておらず、また、請求書、領収証、売上伝票等の一部も保存していなかつた上、同人その他の関係者から取引内容を究明するための協力も得られなかつた。このため、同人の所得金額を把握するには、取引先である原告ら金融機関に対する調査を実施することが不可欠となつた。

二  金年珍関係

原本の存在及び成立に争いのない甲第二六号証の二の二、成立に争いのない甲第三一号証の一、二、証人北畠文雄の証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

金年珍は、東京都台東区浅草二丁目四番一二号に住所を有し、朝鮮料理店、レコード販売店、ゲームセンター等を経営していた者であるが、昭和三八年分、昭和三九年分及び昭和四〇年分の各所得税を免れようと企て、売上げの一部を除外して仮名預金に入金し、あるいは不動産買入資金に当てるなどの方法により所得を秘匿した上、右三年間の実際の所得金額が申告額を合計約五〇〇〇万円上回つていたにもかかわらず、浅草税務署長に対し、虚偽過少の確定申告書を提出し、もつて所得税を免れたとの疑いが認められた。そこで、東京国税局は、昭和四一年一〇月一二日同人の住宅、店舗等に対して強制調査を実施するとともに、その取引先に対して任意調査を開始した。右の調査の結果、同人は、昭和三九年分及び昭和四〇年分について売上げの一部を除外して仮名の当座預金、定期預金等として入金していることが明らかになつたが、収入金額及び経費を確定すべき有力な帳簿書類が得られず、同人も多忙等を理由に任意調査に協力しようとしなかつた。このため、同人の所得金額を把握するためには、同人の取引先である原告ら金融機関に対する調査を実施することが不可欠となつた。

三  李五達関係

成立に争いのない甲第三〇号証の一ないし四、第五五号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第五四号証の一、三、原本の存在は争いがなく、証人李五達の証言により真正に成立したものと認められる甲第五四号証の二、証人荒井啓亘(第一、二回)、同木場初の各証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

李五達は、東京都台東区東上野一丁目一七番六号に住所を有し、朝鮮料理店、中華料理店等を経営していたが、昭和三九年分、昭和四〇年分及び昭和四一年分の各所得税の累進税率の適用を免れようと企て、所得の一部を弟の李淳碩、李淳永、李淳徳及び李淳東に分散して、同人らの名義で確定申告し、仕入取引の一部を簿外取引にし、売上げの一部を除外して仮名預金として入金し、あるいは不動産の買入代金に当てるなどの方法により所得を秘匿した上、実際の所得金額が申告額を合計約九五五〇万円上回つていたにもかかわらず、下谷税務署長に対し、虚偽過少の確定申告書を提出し、もつて所得税を免れたとの疑いが認められた。そこで、東京国税局は、昭和四二年四月四日同人の住宅、店舗等十数か所について一斉に強制調査を実施するとともに、その取引先に対する任意調査を開始した。右強制調査の際、現場の新宿「千山閣」及び上野「ボナンザ」には、多数の朝鮮人が集まり、査察官に対して洗剤をかけたり、コーラのびんを投げたりして捜索を妨害したため、査察官は警察官に援助を要請した。右の調査の結果、同人は、売上げの一部を除外して仮名預金に入金していることが明らかになり、更に、中華料理店、喫茶店等数店舗の経営者も、弟らではなく李五達本人ではないかとの疑いが濃厚であつた。ところが、同人は、任意調査に協力しなかつたので、同人の所得金額を明らかにするためには、その取引先である原告ら金融機関に対する調査を実施することが不可欠となつた(以上のうち、東京国税局が李五達に対する強制調査を昭和四二年四月四日に実施したことは、当事者間に争いがない。)。

四  松本祐商事関係

成立に争いのない甲第三三号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第七一号証、証人北島孝康の証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

松本祐商事は、東京都中央区日本橋江戸橋一丁目一一番地に本店を有し、金融業及び不動産業を営んでいたが、昭和三九年九月期、昭和四〇年九月期及び昭和四一年九月期の各事業年度の法人税を免れようと企て、貸付金利息、手形割引金利息、導入預金の謝礼金等の収入を益金から除外して多数の仮名預金として入金するなどの方法により所得を秘匿した上、実際の所得金額が申告額を合計約二億五〇〇〇万円上回つていたにもかかわらず、日本橋税務署長に対し、虚偽過少の確定申告書を提出し、もつて約八七〇〇万円の法人税を免れたとの疑いが認められた。そこで、東京国税局は、昭和四二年八月二九日同会社に対する強制調査を実施するとともに、その取引先に対する任意調査を開始した。右の調査の結果、同会社は、前記利息、謝礼金等の収入を益金から除外して帳簿に記載しなかつたり、あるいは虚偽の記載をし、右簿外資金を約八五口に上る仮名預金として入金していることが明らかになつた。ところが、同会社は、調査に備えて多数の証拠書類を隠滅し、擬装工作を加えた疑いが濃厚で、全社員が共同して調査に応じなかつた。このため、同会社の所得金額を把握するためには、その取引先である原告ら金融機関に対する調査を実施することが不可欠となつた。

五  三和企業関係

成立に争いのない甲第二九号証の一ないし四、証人木場初、証人横田光信(第一回)の各証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三和企業は、東京都中央区日本橋茅場町三丁目一〇番地(ただし、本件強制調査当時は、東京都中央区京橋二丁目一三番地)に本店を有し、不動産業及び金融業を経営していたが、昭和四〇年九月期、昭和四一年九月期及び昭和四二年九月期の各事業年度の法人税を免れようと企て、不動産の売却益及び貸付金利息の収入を益金から除外して簿外の不動産取得資金、貸付金に当てるなどの方法により所得を秘匿した上、実際の所得金額が申告額を合計約二億一三〇〇万円上回つていたにもかかわらず、日本橋税務署長に対し、虚偽過少の確定申告書を提出し、もつて約七四〇〇万円の法人税を免れたとの疑いが認められた。そこで、東京国税局は、昭和四二年一二月五日同会社及びその関連会社、役員宅等に対する強制調査を実施するとともに、その取引先に対する任意調査を実施した。右強制調査の際、現場に多数の朝鮮人が集まり、百数十点に及ぶ差押物件を奪うなどして捜索を妨害した。右の調査の結果、三和企業の実質上の経営者は具次龍であつて、同人は他に日月商事有限会社、宝石油株式会社、富岡建設株式会社、三和事業株式会社等を経営し、不動産の売却益や貸付金利息の収入を簿外資金として留保し、簿外の不動産取得や貸付金の資金に当てている疑いが濃厚となつた。ところが、具次龍が一時行先を隠すなどして国税局への出頭要求に応じず、加えて、強制調査の際に奪われた貸付金ノート、利息ノート、手帳、権利証、不動産売買契約書、預金通帳等の多数の重要な帳簿書類が返還されなかつた。このため、同会社の所得金額を把握するためには、同会社及び関連会社の経営主体、所得の帰属及び簿外資金の流れを明らかにする必要があり、その取引先である原告ら金融機関に対する調査を実施することが不可欠となつた(以上のうち、東京国税局が三和企業に対する強制調査を昭和四二年一二月五日に実施したことは、当事者間に争いがない。)。

第四原告に対する任意調査の経緯

一  方元俊関係

証人朴昌南の証言により真正に成立したものと認められる甲第二五号証の五、証人竹下文男の証言、被告収税官吏(訴訟承継前)小林一誠本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

査察官(東京国税局収税官吏国税査察官)は、方元俊に係る前記犯則事件の任意調査のため、昭和四一年五月一二日、同年六月六日から同月二四日ころまでの間及び同年一一月に同人の取引先である原告の本店に臨場し、普通預金・定期預金・通知預金・別段預金・当座預金の各元帳、手形貸付金元帳、入出金伝票、交換手形持出記入帳、代金取立手形記入帳、現金出納帳、貸付稟議書の提示及び一部について複写物の提出を受けた。そして、これらの帳簿書類を精査した結果、方元俊に帰属すると認められる一三〇口に上る仮名預金が本店に存在することを把握した。しかし、方元俊は右仮名預金が同人に帰属することを否認していたため、右仮名預金の帰属を確定するためには、預金申込書、営業日誌、手控帳又は名寄帳、印鑑簿を調査する必要があつたが、原告は、これらの帳簿書類の提示を拒否した。また、本店には、右以外にも方元俊の仮名預金の存する疑いが認められた(以上のうち、東京国税局が方元俊に係る本店に対する任意調査を昭和四一年五月、同年六月及び同年一一月に実施したことは、当事者間に争いがない。)。

証人朴昌南の証言により真正に成立したものと認められる甲第二五号証の一、前顕甲第二五号証の五には、本店は、方元俊に係る任意調査に対して全面的に協力し、東京国税局に関係書類を提出した旨の記載があり、証人朴昌南もこれに副う供述をしているが、前顕各証拠に照らしてにわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  金年珍関係

証人梁武男(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第二六号証の二の一、前顕甲第二六号証の二の二、証人北畠文男、同川井保明の各証言、被告収税官吏(訴訟承継前)小林一誠本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

査察官は、金年珍に係る前記犯則事件の任意調査のため、昭和四一年一〇月一二日、同人の取引先である原告の上野支店に臨場し、次長の梁海東から、預金元帳、貸付金元帳、伝票等の提示は受けたが、索引簿、名寄帳、貸付稟議書については、内部規程に基づく法定外文書であるとの理由により、また、反対伝票については、普遍的調査であるとの理由により、いずれも提示を拒否された。査察官は、国犯法一条の規定に基づき協力を求めるものであることを説明したが、どうしても見たければ令状を持つて来いと言われ、拒否された。査察官は、その後も上野支店に対し、任意調査のため臨場したい旨を電話で再三にわたり申し入れたが、その都度支店長の都合等を理由に断られ、調査は進捗しなかつた。このため、東京国税局査察部長は、昭和四二年六月一二日付け文書をもつて上野支店長に対し、金年珍の査察調査に必要であるとして一定期間内の金年珍名義及び同人に帰属すると認められる金宮年珍、金秀憲その他の特定名義の預金元帳等の写しの提出と、金年珍に係る入出金明細等調査書の提出を依頼したところ、上野支店から、同年一〇月六日までの間に文書をもつて、当座預金・定期積金・定期預金・別段預金の各元帳写し、仮受金元帳写し、貸付金元帳写し、入出金明細等調査書が提出された。しかしながら、右文書の中には、「入出金不明」との回答箇所もあり、上野支店には金年珍の仮名預金が相当存する疑いがあつたにもかかわらず、同店の提出書類のみでは同人に帰属する仮名預金の解明に不十分であつた(以上のうち、東京国税局が金年珍に係る上野支店に対する任意調査を昭和四一年一〇月に実施したことは、当事者間に争いがない。)。

証人梁武男(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第二六号証の一、前顕甲第二六号証の二の一には、上野支店は、金年珍に係る任意調査に対して、東京国税局の要請どおり帳簿書類を提出した旨の記載があり、証人梁武男(第一回)もこれに副う供述をしているが、前顕各証拠に照らして、にわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  李五達関係

証人梁武男(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第二六号証の三の一、原本の存在及び成立に争いがない甲第二六号証の三の二、三、同号証の五、六(ただし、書込部分を除く。)、証人洪文権(一部)、同荒井啓亘(第一回)、同名久井新吉、同宮崎直来の各証言、被告収税官吏(訴訟承継前)小林一誠本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

査察官は、李五達に係る前記犯則事件の任意調査のため、昭和四二年四月四日、同人の取引先である上野支店に臨場し、国税査察官証票を提示し、同人に係る調査証を示して、同人及びその家族名義の各元帳、伝票綴、他店券記入帳等の提示を受けたが、同日の李五達に対する強制調査により同人に帰属するものと認められた大倉大助及び内田一名義の二口の仮名普通預金元帳については、応待に当たつた副支店長梁海東から、査察官の携行した調査証には右名義人の記載がないことを理由として提示を拒否された。これに対して、査察官は、調査証には不動文字で「右の者(預貯金者の名義は異つているが、右の者と同一であると認められる者を含む。)及び別紙各号に該当するものの預貯金等及びこれに関連する銀行取引を調査する必要あることを証する。」と記載されているから、右二口の元帳も調査対象に含まれる旨説得して提示を求めたが、同副支店長はこれに応じなかつた。

次いで、査察官は、同年七月一七日、李五達の取引先である本店に臨場し、応待に当たつた営業部副部長に対し、国税査察官証票を提示し、李五達に係る預金取引・貸付金取引の各元帳があるはずであるから、それを提示してもらいたい旨要請したところ、同副部長は、当初本店と李五達との取引を否定した。しかし、査察官が李五達と本店との取引は既に確認している旨追及したところ、一転して同人との取引を肯定した上、同人に関する元帳は全部上野支店に移管した旨答えるのみで、移管の事実を証明する資料や移管時までの伝票等も存在しないとして、一切提示に応じなかつた。このため、査察官は、翌一八日、上野支店副支店長梁武男に電話をして、右移管の事実の有無を確認したところ、そのような事実はないとの回答があり、更にその直後、同副支店長から査察官に対し、電話で「本店へ照会したが、本店も移管していないと言つている。」旨の連絡があつた。

査察官は、同月二七日、上野支店に臨場し、二階和室で同副支店長に会い、東京国税局査察部長の同月二六日付け「預金(または貸付金)元帳写および残高証明書の提出について(依頼)」と題する文書を手渡し、李五達の所得税法違反嫌疑事件の証拠として必要であるとして、来る八月五日までに同人及びその他の名義に係る普通預金・当座預金・定期預金・定期積金の各元帳写し及び貸付金元帳写しを提出するよう要請した。そのとき、在日朝鮮人東京都商工会商工部長で原告組合員の洪文権が入つて来て、「李五達と関係のない人達の調査がなぜ必要なのか。」、「李五達らの調査は朝鮮人に対する政治的弾圧である。」などと抗議した。

前記調査依頼の提出期限が経過した後も、査察官の再三にわたる督促にもかかわらず、上野支店からは何ら回答書の送付がなく、任意調査に容易に応じなかつた。同年一〇月一九日、査察官が同副支店長に電話したところ、翌二〇日に来店するようにとのことであつた。そこで、査察官は、同月二〇日、上野支店に臨場し、二階和室で同副支店長に会い話しをしていたところ、前記洪文権、在日朝鮮人台東商工会の役員である高大集、李五達の弟の李淳東らが入つて来て、査察官に対し、「あの日以来店がどうなつたか知つているか。従業員はやめるし、客の入りは減るし、資金繰りは苦しくなるし、どうしてくれるのか。責任を執れ。」、「おまえたちを蒸発させても腹の虫がおさまらん。」、「査察調査は政治的弾圧である。」、「李五達と関係のない弟らをなぜ調査するのか。」などと抗議を繰り返して調査を妨害した。席上、査察官は、同副支店長に対し、先に調査依頼した各元帳及び当座取引により振り出された手形・小切手の提示を求めたが、同副支店長は、李五達の実名預金に調査を限定しなければ調査に協力できない、仮名預金や反対伝票は見せられない、右実名預金については調査して後日文書で回答する旨答えるのみで全く調査に協力しようとせず、査察官が右実名預金のみでも調査させて欲しい旨要望しても、今日は都合が悪いから退店してもらいたいと述べてこれを拒否した。上野支店は、同年一一月一〇日、査察官に対し、李五達名義の普通預金・定期預金各元帳写し、貸付金元帳写し、定期預金取引・貸付金取引の各内容明細及び定期預金の残高証明書を送付した。しかし、上野支店には李五達の仮名預金が相当存する疑いがあつたにもかかわらず、同店の提出資料のみによつては同人に帰属する仮名預金の解明に不十分であつた(以上のうち、東京国税局が李五達に係る本店に対する任意調査を昭和四二年七月に実施し、同じく上野支店に対する任意調査を同年四月、七月、及び一〇月に実施したことは、当事者間に争いがない。)。

前顕甲第二五号証の一、五には、昭和四二年七月に査察官が李五達に係る本店の任意調査に臨場した際、応待した職員が、李五達の主な取引先は上野支店であり、本店は当座預金と貸付金取引等をしているが、いずれも小口取引なので、必要なら後日コピーを提出する旨説明したところ、査察官から右元帳写しの提出を要請されたので、これを了解した、しかし、その後査察官から連絡がなかつた旨の記載があり、証人朴昌南もこれに副う供述をしている。また、前掲甲第二六号証の三の一には、東京国税局の昭和四二年七月二六日付け調査依頼の取扱いについて、同年九月中旬上野支店副支店長と担当査察官が協議した結果、李五達に限定して回答することで合意に達したので、これに従つて同年一一月初旬元帳写し等を査察官に送付した旨の記載があり、証人梁武男(第一回)もこれに副う供述をしている。しかしながら、これらの記載及び供述は、前顕各証拠に照らしてにわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  松本祐商事関係

原本の存在及び成立に争いのない甲第二六号証の四、成立に争いのない乙第五号証、証人川井保明、同北島孝康、同洪文権(一部)の各証言、被告収税官吏(訴訟承継前)小林一誠本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

査察官は、松本祐商事に係る前記犯則事件の任意調査のため昭和四二年一〇月九日、同会社の取引先である上野支店に臨場し、預金係長金陽寿に対し、同会社の査察調査のため同会社及び同会社の仮名と思料される松本祐正ほか一二口の名義の預貯金取引及びこれに関連する銀行取引に関する帳簿書類を提示するよう要請した。ところが、前記洪文権が途中から同席し、同係長とともに、支店長や副支店長らが不在であるから困るとか、あるいは松本祐商事以外の名義について調査を受ける理由がないとして、帳簿書類の提示に応じなかつた。

次いで、査察官は、同月一一日、上野支店に臨場し、二階和室で梁副支店長に会つたところ、前記洪文権ほか二名の在日朝鮮人商工会の関係者が入つて来て、朝鮮人に対する査察調査は政治的弾圧であるとか、犯則嫌疑者との関連性を具体的に明らかにするよう要求するなど約一時間にわたつて繰り返し抗議を続けて調査を妨害し、査察官が退席を求めてもすぐには応じなかつた。洪文権らの退席後、査察官は、同副支店長に対し、松本祐商事の預金元帳等及び同会社の仮名預金と思料される調査証記載の李三竜名義の普通預金元帳の提示を求めたところ、同副支店長は、松本祐商事の元帳等は提示したものの、李三竜については、同人は実在の第三者であつて松本祐商事の仮名ではなく関連性がないとしてこれを拒否したが、念のため右元帳の取扱いについて上司と相談の上同月一三日に連絡する旨答えた。更に、査察官は、索引簿、印鑑簿、名寄帳、反対伝票の提示を求めたが、同副支店長は、普遍的調査であることなどを理由として提示を拒否した。

同月一三日、同副支店長から査察官に対し、李三竜名義の預金元帳を見せるから来店されたい旨の連絡があつたので、査察官が同月一六日臨店して右元帳を調査した結果、松本祐商事が受領した手形金が右預金口座に入金されている事実が確認された。しかし、従前から提示を要求している索引簿、印鑑簿、名寄帳、反対伝票については、提示を拒否された。そのため、上野支店には松本祐商事に帰属する仮名預金が相当存する疑いがあつたにもかかわらず、右仮名預金の解明ができなかつた(以上のうち、東京国税局が松本祐商事に係る上野支店に対する任意調査を昭和四二年一〇月に実施したことは、当事者間に争いがない。)。

前顕甲第二六号証の一には、松本祐商事に係る原告に対する任意調査に際しては、査察官の要求どおり帳簿書類を提出し、調査に協力した旨の記載があり、証人梁武男(第一回)もこれに副う供述をしているが、前顕各証拠に照らしてにわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

五  三和企業関係

証人梁武男(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第二六号証の八の一、原本の存在及び成立に争いのない甲第二六号証の八の二(ただし、書込部分を除く。)、証人梁武男(第一回、一部)、同宮崎直来、同横田光信(第一回)の各証言、被告収税官吏(訴訟承継前)小林一誠本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

査察官は、三和企業に係る前記犯則事件の任意調査のため、昭和四二年一二月五日、同会社の取引先である上野支店に臨場し、梁副支店長に対し、国税査察官証票を提示し、同会社に係る調査証を示して、同会社及び同会社の仮名と思料される日月食堂有限会社ほか二一口の名義の預貯金取引及びこれに関連する銀行取引に関する預金元帳等の帳簿書類の提示を要請した。これに対し、同副支店長は、支店長が不在であり、忙しいので明日にして欲しいと述べ、また、調査は三和企業に限定してもらいたい、同会社以外の名義に係る預金元帳は右第三者の了解を得なければならない、同会社以外の名義に係る伝票は一切見せられないとして提示を拒否した。次いで、査察官は、翌六日、同副支店長に電話で、前日に要請した帳簿書類の提示に応ずるよう改めて申し入れたが、同副支店長は、前日と同様の回答をしたのみで全く態度を変えようとしなかつた。このような状況のため、査察官は、同じく三和企業の取引先である本店に対する任意調査は不可能であると判断して、調査は後記の同月一三日まで行わなかつた(以上のうち、東京国税局が三和企業に係る上野支店に対する任意調査を昭和四二年一二月五日に実施したことは、当事者間に争いがない。)。

第五本件強制調査の準備

一  準備命令

前顕甲第二九、第三〇号証の各一ないし四、第三一号証の一、二、第三二、第三三、第七〇、第七一号証、証人木場初の証言及び被告収税官吏(訴訟承継前)小林一誠本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

東京国税局査察部長は、第三及び第四記載の経緯にかんがみ、本店に対しては、方元俊及び李五達の昭和三九年分及び昭和四〇年分の各所得税法違反犯則事件並びに三和企業の昭和四〇年九月期、昭和四一年九月期及び昭和四二年九月期の各事業年度の法人税法違反犯則事件について、上野支店に対しては、金年珍及び李五達の昭和三九年分及び昭和四〇年分の各所得税法違反犯則事件、松本祐商事の昭和四〇年九月期及び昭和四一年九月期の各事業年度の法人税法違反犯則事件並びに三和企業の昭和四〇年九月期、昭和四一年九月期及び昭和四二年九月期の各事業年度の法人税法違反犯則事件について、各臨検・捜索・差押許可状を得て強制調査を実施するのもやむを得ないとの判断に達し、昭和四二年一二月七日、小林・木場両統括官に対し、小林統括官が責任者となり、木場統括官がこれに協力し、来る一三日に本店及び上野支店に対し強制調査を実施すべく、直ちにその準備を開始するよう指示した。そこで、両統括官は、木場統括官が本店、小林統括官が上野支店の執行を担当することとして、それぞれ準備に着手し、差押目録用紙、差押物貼付ラベル、出入禁止表示紙、差押物搬出用段ボール箱(縦約三〇センチメートル、横約二五センチメートル、高さ約五〇センチメートル。本店及び上野支店各約四〇個。)等を用意し、差押物搬送用トラツクを手配した(以上のうち、両統括官が昭和四二年一二月本件強制調査の準備を指令され、それぞれ本店又は上野支店の執行責任者として準備に着手したことは、当事者間に争いがない。)。

二  警察署への要請

証人木場初、同小林一誠、同吉澤利治、同國崎隼任、同浅見三郎の各証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  木場統括官は、昭和四二年一二月一一日、本店を管轄する原宿警察署に赴き、同署長及び警備課長に会つて、来る一三日に本店に対し強制調査を実施する予定であることを伝えるとともに、犯則事実の概要及び従来の調査の経過、特に三和企業及び李五達に対する強制調査の際、部外者らによつて差押物が奪い取られるなどの妨害がなされたこと、今回はそれ以上の妨害が予想されることを説明して、万一必要な事態が発生したときは、国犯法六条二項の規定に基づく立会要請及び同法五条の規定に基づく援助要請を行う旨を申し入れ、同署長もこれを了承した。次いで、木場統括官は、翌一二日、原宿警察署に東京国税局長名の警備要請書を提出した。これを受けて同署長は、警備課長を責任者に命じ、同課長は、立会警察官二名を指名し、同課長以下総員五八名からなる警備部隊を編成した。

2  小林統括官は、同月九日、上野支店を管轄する上野警察署に赴き、警備課長、警備係長に会つて、来る一三日に上野支店に対し強制調査を実施する予定であることを伝えるとともに、犯則事実の概要及び従来の調査の経過を説明し、原告から立会いを拒否され、調査を妨害されたときは、同署に立ち会い及び援助の要請を行う旨を申し入れ、同警備課長もこれを了承した。次いで、小林統括官は、同月一一日、上野警察署に東京国税局長名の警備要請書を提出した。これを受けて同署長は、警備課長を責任者に命じ、同課長は、立会警察官三名を指名し、同課長以下四四名からなる警備部隊を編成した。

(以上のうち、両統括官が、原宿警察署及び上野警察署にそれぞれ赴いて、本件強制調査の実施を伝え、援助を要請したことは、当事者間に争いがない。)

三  許可状請求

前顕甲第二九、第三〇号証の各一ないし四、第三一号証の一、二、第三二、第三三、第七〇、第七一号証、証人野坂哲也の証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

小林統括官は、野坂査察官に対し、一記載の許可状の請求手続を行うよう指示し、同査察官は、同月一二日、東京簡易裁判所に対し右許可状の請求をした。右事件の担当となつた蜂谷裁判官は、同査察官から、疎明資料に基づき約一時間にわたつて請求の理由及び強制調査の必要性について説明を受け、同日、本件許可状を発付した(以上のうち、昭和四二年一二月一二日、野坂査察官が許可状の請求をなし、同日、蜂谷裁判官が本件許可状を発付したことは、当事者間に争いがない。)。

四  原告に対する再度の任意調査

原本の存在及び成立に争いのない甲第二六号証の八の三(ただし、書込部分を除く。)、証人朴昌南、同牧勝、同白在玉(第一回、一部)、同柳澤昭(第一回)の各証言及び被告収税官吏(訴訟承継前)小林一誠本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  東京国税局査察部長は、昭和四二年一二月一二日、小林統括官に対し、原告の任意調査に対する協力を得る余地がないか否かを最終的に確認するため、もう一度本店及び上野支店に臨場して任意調査を試みるよう指示した。そこで、小林統括官は、翌一三日午前、査察官の牧勝、柳澤昭らに右臨店調査を指示した。牧査察官らは、同日午前一〇時三〇分ころ、本店に臨場し、午前一一時二〇分ころ応待に現われた営業部副部長梁海東に対し、国税査察官証票を提示し、三和企業に係る調査証を示して、同会社及びこれと同一と思料される名義の預貯金及びこれに関連する銀行取引に関する帳簿書類の提示を求めた。これに対し、同副部長は、三和企業は本店の管轄外であり取引関係はないとしてこれを拒否したが、同査察官らが取引関係は存在するはずであるとして、索引簿、他店券記入帳の提示を求めると、同副部長は、索引簿は一覧性のものであるし、他店券記入帳も見せられない、取引関係が存在する事実を証拠によつて明らかにしてもらいたい、第三者名義の帳簿書類は見せられないと答え、査察官の説得に全く応じなかつた。このため、同査察官らは、午前一一時三〇分ころ、調査を打ち切つて退店し、小林統括官に右の経緯を報告した。

2  一方、柳澤査察官らは、小林統括官の指示を受けて、同日午前一〇時二〇分ころ、上野支店に臨場し、支店長白在玉に対し、国税査察官証票を提示し、三和企業に係る調査証を示して、同会社及びこれと同一と思料される名義の預貯金及びこれに関連する銀行取引に関する帳簿書類の提示を求めた。これに対し、同支店長は、副支店長が休んでいるので明日にしてもらいたい、三和企業と取引関係があれば、元帳をコピーして提出する、同会社以外の名義に係る帳簿書類については、同会社との具体的な関連性が明らかになつたものにつき、同名義人に照会して承諾が得られた範囲内で調査に応ずる、名寄帳は存在しないし、索引簿は普遍的調査に当たるから見せられないと答えた。そこで、同査察官らが、コピーの提出のみでは調査の目的は達せられない、第三者の了解を得る必要はない、普遍的調査には当たらないなどと説明して提示を求めたが、同支店長は、最後までこれに応じなかつた。このため、同査察官らは、午前一一時三〇分ころ、調査を打ち切つて退店し、小林統括官に右の経緯を報告した。

3  小林統括官は、同日昼ころ、査察部長に対し、午前中に実施した原告に対する任意調査の状況及び各担当査察官から聴取した従来の調査の経緯等を詳細に報告した。その結果、同日午後原告に対して強制調査を実施すること、臨場時間は、本店、上野支店とも営業に最も支障の少ない午後二時五〇分ころとすることが決定され、直ちに小林・木場両統括官にその旨指令された。

第六本件強制調査の実施

一  査察官に対する指示

証人小林一誠、同木場初の各証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

小林・木場両統括官は、昭和四二年一二月一三日、前記指令を受け、同日昼すぎ東京国税局査察部事務室に本件強制調査に従事する査察官全員を招集した。席上、両統括官は、本件犯則嫌疑者、犯則事実、ほ脱の態様・手口、原告らに対する任意調査の経過、本件犯則嫌疑者と原告との取引状況、本件犯則嫌疑者の親族ら関係者の氏名、差し押えるべき物件の内容等について、約一時間にわたつて説明し、査察官を班ごとに編成し、本店及び上野支店の店内図を示して、各班の配置部署及び担当職務を指示した。そして、次の諸点に留意するよう注意した。

〈1〉  金融機関の特殊性を考慮し、各出入口に出入禁止の表示紙を貼付して出入りを規制し、顧客には協力を求め、用件が終了次第速やかに退店してもらうこと及び出納室には絶対に入らないこと。

〈2〉  立会いを拒否されたときは、警察官に立会いを要請するが、それまでの間帳簿書類等が職員らによつて隠蔽されたり持ち去られることがないよう職員らの動静に注意すること。

〈3〉  調査が妨害されたときは、早急に警察官に対して援助を要請するが、妨害行為が著しいときは、査察官自身において公務執行妨害罪により現行犯逮捕をしても差し支えないこと。

〈4〉  金庫、ロツカー、机等が施錠されているときは、職員を説得して開扉させるが、職員がこれに応じないときは、同行の金庫業者に指示して最小限度の破損方法で開扉させること。

(以上のうち、昭和四二年一二月一三日、両統括官が本件強制調査に従事する査察官を集めて強制調査の説明を行い、留意事項を指示したことは、当事者間に争いがない。)

二  本店に対する強制調査

弁論の全趣旨により本店における本件強制調査当日の状況を撮影した写真であることが認められる甲第一二号証の七(撮影年月日、撮影場所、警察官が写つていることは争いがない。)、九(撮影年月日、撮影場所、警察官が写つていることは争いがない。)、一二(撮影年月日、撮影場所、査察官と帳簿書類が写つていることは争いがない。)、成立に争いのない甲第三五号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第七二号証の一、第七三号証の一、証人木場初の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証、証人柳澤昭(第二回)、同國崎隼任、同成田三男、同牧勝、同木場初、同吉澤利治、同村井勲、同北島孝康、同崔載淳(第二回、一部)、同金允満(一部)、同朴浩吉(一部)、同姜順子(一部)、同成正春(一部)、同中西克夫(一部)の各証言によれば、次の事実が認められる。

1  臨場から警察官立会いまでの状況

(一) 木場統括官以下査察官七八名は、査察官徽章を着けて昭和四二年一二月一三日午後二時すぎバスで東京国税局を出発し、午後二時五〇分、東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目二九番一〇号所在の本店に到着した。木場統括官は、査察官を率いて一階正面出入口から入店し、正面出入口の警備担当査察官二、三名を残して、二階営業部事務室に入り、次長席付近にいた預金係長朴浩吉に対し、「東京国税局から来たが、営業部長か次長はおられるか。」と尋ねたところ、同係長は、二人とも外回りで留守であると答えた。そこで、同統括官は、在店する者の中で最高責任者は誰であるかを尋ねたが、返事がなかつた。営業部の事務室には、各係ごとの間仕切りがなく、その職員は、営業部長以下総員三二名で、当時預金係九名(男性三名、女性六名)、貸付係四名(男性一名、女性三名)、出納係五名(男性三名、女性二名)、庶務係一名(女性一名)の合計一九名が在店しており、最上席者は朴預金係長であつた。

(二) 木場統括官は、応接の態度等から朴預金係長が在店中の職員の中では最上席者であると判断し、同係長に対し、氏名及び身分を名乗り、携帯の収税官吏章を提示した上、方元俊及び李五達の各所得税法違反犯則事件並びに三和企業の法人税法違反犯則事件に係る捜索・差押えのため臨場した旨を伝え、その立会いを要請した。そして、三和企業に係る本件許可状を示して記載内容を説明しようとしたところ、同係長は、「私は責任者ではないから、責任者が帰るまで待つて欲しい。責任者がいつ帰るかは分からない。」と言うのみで、説明を全く聞こうとしなかつた。そのとき、朝信協副会長鄭春植が「おまえたちは営業時間中に入つて来て、何をするのか。」と言いながら事務室に入り、次長席付近に来たので、同統括官は、同人が次長であると思い込み、裁判官の許可状を得て捜索・差押えに臨場した旨を説明すると、同人は、「自分は責任者ではない。帰つてもらいたい。」と言い、責任者の所在を尋ねても、分からないと答えるのみであつた。しかし、同統括官は、同人に対し、前記同様に自分の氏名を名乗り、収税官吏章を提示して、捜索・差押えのために臨場した旨を伝え、改めて立会いを要請した後、本件許可状を取り出して、まず、三和企業に係る許可状を示して説明し、次いで、李五達に係る許可状を示そうとしたとき、同人は、「自分は責任者ではないから、立会いはしない。」と言いながら、突然同統括官の背広の襟とネクタイをつかんで揺さぶつた。そのころから、待機中の査察官に対して、職員が口々に「なぜ勝手に入つて来たのか。」などと抗議を始め、次第に騒然とした事態になつてきた。

(三) 木場統括官は、これ以上職員に立会いを要請しても応じてもらえないものと判断し、臨場の際居合わせた三名の顧客も全員用済みで退店したことを確認した上、連絡担当の査察官を通じて、原宿警察署御苑裏派出所に待機中の警察官に立会いを要請した。同署警備課長の命令を受けた二名の警察官が午後三時ころ二階営業部事務室に到着した。そこで、同統括官は、右警察官に対し、本件許可状(前記三通)を提示して立会いを要請したところ、同警察官は、右許可状の内容を確認して立会人となることを承諾したので、同統括官は、午後三時一〇分ころ、待機中の査察官に捜索・差押えの開始を指示した。立会警察官は、当初二名とも次長席付近で立ち会つていたが、そのうち一名は得意先係、出納係の方に移動しながら立会いに当たつた。

(以上のうち、昭和四二年一二月一三日午後二時五〇分ころ、木場統括官以下七八名の査察官が本店に到着したこと、警察官が立会人となつたことは、当事者間に争いがない。)

2  捜索・差押えの状況

(一) 捜索・差押え担当の査察官約四〇名は、開始の指示と同時に木場統括官の指示であらかじめ定められていた貸付係、庶務係、得意先係(渉外係)、預金係、金庫室等の各班(五、六名ずつ)に分かれ、一斉にロツカー、机の引出し等から帳簿書類を取り出して床や机の上に並べ、順次選別していつた。この間、一部の職員は、選別中の査察官の手を払いのけるなどしてその作業を妨害した。金庫室担当の査察官は、金庫室から取り出した帳簿書類を金庫室前の広場に並べ、選別担当の査察官がこれを選別した。こうして、必要と判断したものを用意した段ボール箱に詰め込んだ。

(二) 一方、警備担当の査察官は、二階営業部事務室から廊下へ通ずる出人口扉の外側に、「国税犯則取締法九条により出入りを禁止する」旨記載した新聞紙半分大の表示紙を貼付して扉を閉め、内側から警備に当たつた。ところが、開始後七、八分経過したとき、原告総務部長崔載淳、総務部副部長金洪柱ら四、五名の者が営業部事務室に入り口々に「責任者は誰だ、やめろやめろ。」と叫び、同統括官が「私が責任者です。」と答えると、数名で取り組み、同統括官の手をつかむなどして傍らの応接セツトへ引つ張つて行き、そこで「一体これはどうしたんだ。責任者もいないのに勝手なことをするな。許可状を提示せよ。」、「警察官をなぜ入れたのか。」などと追及し、直ちに捜索を中止して警察官を退去させるよう要求した。これに対し、同統括官は、朴預金係長に本件許可状を提示して立会いを求めたが拒否されたので、やむなく警察官に立会いを要請したことを説明したが、聞き入れられなかつた。そこで、同統括官は、何とか騒ぎを静めるため、三和企業に係る本件許可状を取り出し、その両端を手に持つて相手に示した。次いで、李五達、方元俊の順に同様の方法で本件許可状を示し、現在適法に公務執行中であることを説明した。しかし、右の者らは、「手が邪魔になつて見えない。」、「令状も見せないで捜索するとは何事か。」、「すぐ捜索の中止を指示しなさい。」などと言つてこれに納得せず、今度は同統括官を事務室内の簡易応接室へ連れて行き、なおも繰り返し捜索の即時打切りと警察官の退去を要求した。他の職員らも、口々に捜索が不当であるとして強硬に抗議した。

(三) 前記二階営業部事務室から廊下へ通ずる出入口の扉の警備に当たつていた査察官五名は、臨場間もないころは扉を施錠せずに閉めたままの状態で外側を二名、内側を三名で警備していたが、次第に外側の周りに営業部以外の職員や部外者が集まり始め、査察官に対して「入れろ。」などと声高に要求するようになつたため、外側の査察官も内側に入つて施錠し、内側から五名で扉を押えていた。しかし、外側の「入れろ。」、「開けろ。」という騒ぎ声が一段と激しくなり、外側から扉を叩いたり蹴つたり、あるいは一斉に声をかけて押し開けようとした。内側の職員も、これに加担し、警備の査察官の手を引つ張り、足払いをかけるなどした。このため、外側の力に抗し切れず、蝶番が壊れて扉が内側に倒れ、これと同時に職員を含む二、三十名の者が事務室に乱入した。これらの者は、一部の営業部職員とともに、警備の査察官を小突き、その腕をねじ上げ、壁際へ押し込み、更には、「出て行け。」、「勝手にさわるな。」などと言いながら、選別作業中の査察官を押したり、突き飛ばす、組み付くなどの暴行をし、床に並べられた帳簿書類を踏み付け、手で払いのけ、天井に向けばらまき、段ボール箱を取り上げるなどし、また、金庫室前に積み上げられた段ボール箱を突き崩し、金庫室内に投げ込み、あるいは引き裂くなどした。更に、木場統括官を引き回して簡易応接室に連れて行き、捜索・差押えの即時中止を繰り返し要求した。そして、金総務部副部長は、「こちらも妨害を中止させるから、おまえの方も中止するように言え。」と言つて、同統括官を右応接室の外へ押し出し、自らカウンターの上に立つて、「捜索を中止せよ。今責任者同士で話合い中である。」と大声で叫んだ。しかし、同統括官が、「捜索を続行しなさい。」と指示したので、同副部長は、「話しが違う。」と言つて、再び同統括官を簡易応接室へ連れて行き、先程と同様の要求を繰り返した。その後、同統括官は、いつたん右応接室を出たが、その直後に又も引き戻された。

(四) 一方、警備責任者の統括官吉澤利治は、一階正面出入口及び二階営業部事務室出入口二か所に査察官を配置して警備に当たつていたが、前叙のとおり営業部事務室出入口扉の蝶番を壊し扉を押し倒して二、三十名の者が事務室内に乱入して暴行等に及び、事務室内が騒然たる状態に陥り、捜索・差押えが事実上不可能な事態になつたため、このまま放置すれば、査察官に負傷者が出る虞があると考え、原宿警察署の警察官に援助を要請することを決断し、連絡担当の査察官にその旨指令した。

(以上のうち、出入り禁止の措置をとつたこと、原宿警察署の警察官に援助を要請したことは、当事者間に争いがない。)

3  警察官の臨場

(一) 原宿警察署の警備部隊(警備課長以下五八名中五三名)及び立会警察官二名は、同日午後二時五〇分、本店の南約一〇〇メートルにある同署御苑裏派出所に到着して待機し、残りの警備部隊員五名は、直接本店に出向いて状況視察に当たつた。

(二) 午後三時ころ、連絡担当の査察官が同派出所に駆け付け、立会いを要請して来たので、同警備課長は、直ちに二名の警察官を本店に派遣した。

(三) 次いで、午後三時二〇分ころ、連絡担当の査察官が再び同派出所に駆け付け、大勢に妨害されて捜索・差押えが不可能なので援助を要請する旨連絡して来たので、同警備課長は、まず一個分隊の警察官一〇名を率いて本店に向かい、一階正面出入口を通つて二階営業部事務室に入つた。これを見た職員及び部外者は、「なぜ警察官を入れるのか。」、「警察官は早く出て行け。」などと叫んだ。このころ、事務室内は喧噪状態にあり、査察官に対する妨害が続いていたので、同警備課長は、更に待機中の二個分隊二〇名の警察官に臨場するよう指令し、間もなく二個分隊が到着した。そこで、同警備課長は、一〇名の警察官を一階出入口から二階の階段付近に、残りの二〇名の警察官を二階営業部事務室の中央出入口係近に配置して警備に当たらせた。しかし、妨害行為は静まらなかつたため、同警備課長は、更に三個分隊約三〇名の警察官を出動させて二階営業部事務室内の次長席付近に配置した。

(四) 二階営業部事務室内の警察官は、査察官に飛びかかつたり背広を引つ張つたりして選別作業を妨害していた一部職員や部外者に対して、口頭で警告し、あるいは制止して現場から離れるよう指示し、選別済みの段ボール箱が積み上げられていた金庫室前の広場に人垣を作つて警備に当たつた。しかし、一部の職員及び部外者は、なおも査察官を取り囲んで執拗に抗議を続けていた。

4  差押目録の作成中止及び差押物の搬出

(一) 金庫室前の査察官は、机の上に差押目録用紙とラベルを置いて、そこに集積された差押物にラベルを貼付し差押目録の作成を開始しようとしていたところ、職員及び部外者が差押目録用紙やラベルを踏み付けたり四散させたりしたため、右の作業ができなかつた。このため、吉澤統括官は、簡易応接室の木場統括官に現在の混乱状態を説明して、差押目録は東京国税局へ帰つてから作成するよう進言した結果、同統括官もこれを了承した。そのとき、傍らでこれを聞いていた金総務部副部長が差押目録を現場で作成するよう抗議したが、木場統括官は、「こういう事態では差押目録は作成できない。東京国税局へ帰つてから目録を作成し、原告に交付する。」旨伝えた。

(二) 吉澤統括官は、立会警察官に右の趣旨を説明したところ、その了解が得られたので、査察官に対し、「差押目録は国税局で作るから、至急差押物を金庫室前に集めなさい。」と大声で指示し、段ボール箱約四〇個を集めさせた。そこで、警察官は、金庫室前から一階正面出入口までの間二列に人垣を作つて段ボール箱搬出のための通路を確保し、各査察官が段ボール箱を担いで一階に搬出し始めた。しかし、職員や部外者が、人垣を押したり、手を伸ばして段ボール箱を取り戻そうとしたり、あるいは査察官の袖を押えたりして妨害したため、途中から段ボール箱を手送りで搬出した。

(三) 午後三時五五分、トラツクへの積込作業を終了し、立会警察官二名もこれに同乗して東京国税局へ向かい、査察官、警察官も全員引き揚げた。

(以上のうち、差押目録を本店で作成しなかつたこと、午後三時五五分ころ、本件強制調査が終了したことは、当事者間に争いがない。)

5  査察官及び警察官の被害状況

本件強制調査の際、査察官の中には手足に擦過傷を受け、背広やワイシヤツを破られ、腕時計のバンドを切られ、タバコの火をつけられるなどの被害を受けた者があつた。また、警察官にも、服を破られたり、写真撮影中に体当たりされてカメラを破損させられるなどの被害が生じた。

以上の認定に反する証人崔載淳(第二回)、同金允満、同朴浩吉、同姜順子、同成正春、同中西克夫の各証言は、前顕各証拠に照らしてにわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  原告上野支店に対する強制調査

弁論の全趣旨により上野支店における本件強制調査当日の状況を撮影した写真であることが認められる甲第一二号証の一(撮影年月日、撮影場所、上野支店の一部・警察官・ジヤツキが写つていることは争いがない。)、二ないし四(撮影年月日、撮影場所、上野支店の一部・警察官が写つていることは争いがない。)、五(撮影年月日、撮影場所、上野支店の門前・警察官・部外者が写つていることは争いがない。)、六(撮影年月日、警察官と部外者が写つていることは争いがない。)、八(撮影年月日、撮影場所、警察官が写つていることは争いがない。)、一〇(撮影年月日、撮影場所、警察官が写つていることは争いがない。)、一一(撮影年月日、撮影場所、上野支店の門前・警察官が写つていることは争いがない。)、一三、一四(撮影年月日、撮影場所、上野支店の門前・運搬車・査察官・警察官が写つていることは争いがない。)、一六、一八ないし二一(上野支店の一部を撮影した写真であることは争いがない。)、一五、一七、成立に争いのない甲第三六号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第七二、第七三号証の各二、証人加室芳人の証言により真正に成立したものと認められる乙第九、第一〇号証、証人小林一誠の証言により真正に成立したものと認められる乙第八、第一一号証、李景薫が上野支店における本件強制調査の際一階事務室正面出入口付近を撮影した写真であることに争いのない乙第二〇号証、証人平山栄一、同浅見三郎、同早川博治、同小村晋、同加室芳人、同小林一誠、同李雙根(一部)、同黄豊子(一部)、同洪菊江(一部)、同鄭基東(一部)、同厳翼朝(一部)、同白在玉(第二回、一部)の各証言によれば、次の事実が認められる。

1  臨場から立会要請までの状況

(一) 小林統括官以下査察官六七名は、査察官徽章を着けて昭和四二年一二月一三日午後二時すぎバスで東京国税局を出発し、午後二時五〇分、東京都台東区上野七丁目二番六号所在の朝鮮商工会館内の一階及び二階にある上野支店に到着した。小林統括官は、査察官を率いて一階正面出入口から一階事務室に入り、「東京国税局から来たが、支店長はおられるか。」と尋ねたところ、近くにいた上野支店預金係長金陽寿が名刺を差し出し「支店長も副支店長も不在である。」と答えたので、在店する者の中で最高責任者は誰であるかを尋ねると、同係長は自分であると答えた。上野支店の事務室には、一階、二階とも各係ごとの間仕切りがなく、その職員は、支店長以下職員三六名で、当時一階には庶務計算係、出納係及び預金係のうち一五名(男性七名、女性八名)、二階には貸付係及び得意先係(渉外係)のうち貸付係の七名(男性四名、女性三名)の合計二二名が在店しており、そのうちの最上席者は金預金係長であつた。そこで、同統括官は、同係長に対し、携帯の収税官吏章を示して氏名を名乗り、犯則嫌疑者三和企業らに対する犯則事件に係る捜索・差押えのために臨場した旨を伝え、三和企業、松本祐商事、李五達及び金年珍に係る本件許可状を、支店長席の机の上に広げて提示し、許可状の発付者、犯則事実、臨検場所等の内容について逐一説明した。その間、同係長は、右の説明をうなずきながら聞いていた。説明後、同統括官は、同係長に対し、本件強制調査の立会いを求めると、同係長は本店の意向を確認するため、本店に電話をかけ連絡を取つた。そのころ、他の職員も外部と電話連絡を始めた。

(二) 小林統括官は、その間、警備担当の査察官に対し出入口の警備に着くよう指示した。警備担当査察官は、「国税犯則取締法九条により出入を禁止する」旨記載した新聞紙半分大の表示紙を、一階正面出入口及び一階事務室から朝鮮商工会館廊下に通じる通用口の二か所に貼付し、正面出入口は五、六名で、通用口は三名で警備に当たり、通用口については施錠した。また、小林統括官は、カウンター付近で待機中の査察官にあらかじめ定められた配置に就くよう指示し、一階担当の査察官は、役席、出納係、預金係等の各班に分かれて五、六名ずつ配置についた。二階担当の査察官は、二階事務室に入り、貸付係の付近で、職員に対し、犯則事件について捜索・差押えを実施する旨を述べ、大金庫、貸付係及び渉外係の各班並びに選別班(倉庫と応接セツトの間)に分かれて五、六名ずつ配置に就き、更に、二階の廊下と事務室との出入口に前記出入り禁止の表示紙を貼付して施錠し、警備担当の査察官八名が警備に当たつた。

(三) 小林統括官は、本店への電話連絡を終えた金預金係長に対し、再度立会いを求めたところ、同係長は、「立会いはできない。」としてこれを拒否した。その直後、朝鮮商工会館内の非常ベルが断続的に二、三回鳴り、同会館関係者を中心とした部外者十数名が、同会館三階から二階へ駆け下りて来て、二階事務室出入口扉を開けようとしたが施錠されていたため開かなかつた。そこで、今度は一階へ駆け下りて前記一階横の通用口扉を開けようとしたが、これも開扉できなかつたので、同会館の出入口から正面へ回り、正面出入口へ走つた。正面出入口では、警備担当の査察官五、六名が内側から警備に当たつていたが、外側から多数の力で扉を押し開け、事務室内に一団となつて乱入し、「ばかやろう、令状を見せろ。」、「出て行け。」などと大声で怒鳴りながら、カウンター付近で待機中の査察官に対し、体当たり、肘打ち、肩を押す、足蹴りするなどした。また、一部の者は、一階の通用口扉を内側から警備していた査察官三名をカウンターの方へ押しやつて、内側から開扉し、これと同時にスポーツシヤツを着た十数名の部外者が通用口から乱入し、待機中の査察官に体当たりするなどした。更に、一部の者は、二階への階段付近にいた査察官三、四名の手をつかんで下へ引き下ろし、二階へ駆け上がつて、査察官に対し「出て行け。」、「令状を見せろ。何で勝手に入つて来た。」などと激しく抗議した。

(四) このような混乱状態が続いていた間の午後二時五七分、小林統括官は、警備担当査察官に対し、直ちに警察官に立会いと援助を要請するよう指示した。

(以上のうち、昭和四二年一二月一三日午後二時五〇分ころ、小林統括官以下六七名の査察官が上野支店に到着したこと、出入り禁止の措置をとつたことは、当事者間に争いがない。)

2  警察官の臨場

(一) 上野警察署の警備部隊(警備課長以下四四名)及び立会警察官三名は、同日午後二時四〇分ころ、上野支店から約二〇〇メートル離れたところに位置する同署上野駅警備派出所に到着して待機した。

(二) 午後二時五七分ころ、連絡担当の査察官が同派出所に駆け付け、立会いと援助を要請して来たので、警備課長は、三名の立会警察官と五名の警備担当警察官を上野支店に派遣した。

(三) 小林統括官は、到着した立会警察官三名に対し立会いを求め、本件許可状(四通)を提示して捜索場所を案内した。立会警察官のうち二名は一階事務室、一名は二階事務室の立会いに当たつた。同統括官は、先刻来待機中の査察官に対し、直ちに捜索を開始するよう指示した。

そのころ、職員や部外者の一部は、前記部外者に続いて二階へ駆け上がり、その中の一人が「金庫を閉めろ。」と合図すると、大金庫前にいた五、六名の査察官につかみかかり、蹴つたり体当たりをし、更にはボールペンで背中を突くなどの暴行を加えてこれを排除し、大金庫の内扉と外扉の間に入つて閉扉を防ごうとしていた査察官を外扉ごと内扉に押し付け、右査察官が他の査察官の助けで辛うじて脱出するや、外扉を閉じダイヤルを回して施錠し、更に、部外者の一人は査察官を突き飛ばしたり、止めに入つた査察官の左眼部を手拳で殴打したりした。

(四) 捜索開始後も、部外者が査察官を突き飛ばしたり、蹴つたり、押し付けたりして捜索ができない状態であつたため、小林統括官は、午後三時五分ころ再び警察官の援助を要請した。

援助要請を受けた警備課長以下約四〇名の警察官は、午後三時一二分ころ、上野支店に到着し、そのうち約一〇名の警察官は、一階正面出入口の外側の警備につき、残りの警察官は、一階事務室に入つた。その当時、事務室内は騒然たる状態で、部外者が査察官に対して、肘を曲げて突き、肩を押し、胸ぐらを突くなどしていた。警備課長の指示を受けた浅見三郎警備係長は、携帯マイクで、「捜索を妨害するのはやめなさい。妨害すると公務執行妨害罪で検挙する。」旨数回にわたつて警告を発した。更に、警察官は、査察官をカウンター内に入れ、部外者をカウンターの外へ排除したところ、「営業妨害だ。」などと抗議の声が上がつたが、やや静かになつた。そのとき、二階から駆け下りて来た査察官が、二階の応援を求めたので、約一〇名の警察官が二階へ上がり、一階と同様に警告を発し、前記査察官の眼部を殴打した部外者の一人を階段付近まで引き離すと、二階も若干静かになつた。そこで、警察官は、一階へ下りた。

3  捜索・差押えの状況

(一) こうして一時的に騒ぎがおさまつたので、小林統括官は、再び査察官に捜索を開始するよう指示し、査察官は、各班ごとに帳簿書類を点検し、差押えが必要と思料される物件を、用意した段ボール箱に詰め、これを二階の倉庫前の選別班のところへ集積し、従来から本件犯則嫌疑者の調査に従事してきた五名の査察官で構成される選別班は、更にこれを点検し直して選別し、右の作業が終了した物件について、差押目録の作成に取りかかつた。

(二) 一方、店外の正面出入口の周囲には、既に四、五十名の部外者が集まり、店内へ入れろと騒ぎ始め、再び乱入される虞が出てきたので、警備課長は、店内に数名の警察官を残し、その余の警察官を店外へ出して正面出入口の警備に当たらせた。しかし、その後も続々と人が集まり、店外は一層不穏な空気になつた。

(三) 店外警備のため、店内からほとんどの警察官が引き揚げると、部外者は、再び一、二階で騒ぎ始め、捜索・差押えに当たつていた査察官を蹴つたり、突き飛ばしたりした。一階通用口を警備していた査察官も、部外者によつて扉の前から排除された。午後三時四〇分ころ、小林統括官は、原告副理事長の梁大錫から許可状の提示を求められたので、先程金預金係長に提示しているからその必要はないとして断つたが、重ねて提示を要求されたためこれに応じて提示し、同副理事長に対して職員以外の者を外へ出すよう求めたが、同副理事長は、これに一切答えず、その場を立ち去つた。

(以上のうち、警察官が立会人となつたこと、小林統括官が上野警察署の警察官に援助を要請したことは、当事者間に争いがない。)

4  差押目録の作成中止及び差押物の搬出

(一) 午後三時五〇分ころ、小林統括官は、二階へ上がつてみると、職員や部外者が選別班の査察官を取り囲んで激しく抗議し、集められた差押物を奪い取るような雰囲気であつたので、このままでは差押物を奪われる虞があると判断し、一、二階の査察官全員に対し、捜索、選別作業及び差押目録作成を中止して、直ちに差押物を段ボール箱に詰めて二階の倉庫前に集積し警備するよう指示した。査察官は、右作業を中止して段ボール箱を二階の集積場に運び、警備した。そのころ、小林統括官は、警察官に三回目の援助を要請した。シヤツターを下ろして、七、八名の査察官によつて警備されていた正面出入口も、午後四時五分ころには査察官を押しのけた職員及び部外者によつて占拠された。

(二) 午後四時一五分ころ、梁副理事長、上野支店長白在玉及び弁護士が、小林統括官に話合いを申し入れてきた。そこで、同統括官は、改めて本件許可状(四通)を提示して同人らの確認を得た上、部外者を直ちに外へ出すこと、二階大金庫を開けることを強く要求したが、同人らは、これに応じず、逆に警察官の即時退去を要求したので、同統括官はこれを拒否し、話合いは打ち切られた。なお、その際、同人らから、差押目録の交付を要求されたが、同統括官は、かかる状況の下では差押目録の作成は不可能であるから、東京国税局に帰つて作成し原告に交付する旨答えた。

(三) 午後四時三〇分ころ、小林統括官は、白支店長に対し、重ねて大金庫の開扉を要求したが拒否されたので、これ以上捜索・差押えを続行しても一層混乱状態が激化するものと考え、午後四時四〇分ころには捜索・差押えの打切りを決断し、差押物を搬出すべく、査察官にその旨指示して段ボール箱を前記二階の集積場所から一階の階段下に移動させ、査察官約二〇名で警備に当たらせた。そして、小林統括官は、出口を探したが、一階正面出入口の内側は前記のように職員及び部外者に占拠され、また、朝鮮商工会館入口のシヤツターも下ろされていた。このため、小林統括官は、同支店長、職員及び部外者に対し、正面出入口の占拠を解いてシヤツターを開けるよう要求したが、職員らは全く応じなかつた。そこで、午後四時五〇分ころ、店内の警察官及び査察官が右の占拠者をカウンターの方へ動かそうとしたが、抵抗が激しく排除できなかつた。正面出入口外側の警備に当たつていた警察官も、占拠者を説得したが、聞き入れられなかつた。そのとき、正面出入口のシヤツターの電源が切れていることが判明した。

(四) 店外で警備をしていた警察官のうち約二〇名は、右のように店内に閉じ込められた査察官及び警察官を救出するため、午後五時二〇分ころ上野警察署から急遽取り寄せた鉄梯子を二階ベランダにかけて上がり、二階の窓を開け事務室内に入つた。その際、職員や部外者は、ブラインドを下ろし、椅子のバリケードを築くなどして入室を妨害した。店内に入つた警察官は、職員や部外者に正面出入口のシヤツターを開けるよう説得したが、職員らは、スクラムを組んで応じず、中にはカウンターに土足で上がつてわめく者もいた。そこで、警察官は、一階正面出人口を占拠していた職員や部外者を実力で排除し、段ボール箱の集積場から正面出入口までの間に二列に人垣を作つて搬出用の通路を確保した。一方、店外の警察官は、ジヤツキでシヤツターを約四〇センチメートル押し上げて出入口を作つた。そこで、査察官は、段ボール箱を店外に搬出し、全員腹ばいになつて脱出した。この間にも、職員や部外者は、警察官の人垣の間から査察官に対し手出しをし、足で蹴るなどの妨害行為を続けた。こうして午後六時ころトラツクへの積込作業を終了し、全員引き揚げた。なお、午後四時三二分及び午後五時五五分ころの二回に分け、上野警察署長からの要請を受けた機動隊二個中隊約九〇名が出動して店外の警備に当たつた。

(以上のうち、差押目録が上野支店で作成されなかつたことは、当事者間に争いがない。)

5  査察官及び警察官の被害状況

査察官加室芳人は、前記二階大金庫の外扉で内扉に押し付けられていた査察官を助けるため、内扉と外扉の間に右肩を入れ内扉に手、足をかけて外扉を外へ押し開けようとしたが、外からの圧力に抗し切れずに扉に挟まれ、約一五日間の加療を要する右上腕三頭筋断裂(一部)の傷害を受け、更に、その直後部外者に左眼部を手拳で殴打され、一過性の網膜震盪を伴う左眼打撲を受けた。査察官樋口一彦は、二階事務室内で部外者に取り囲まれて突き飛ばされるなどの暴行を受け、全治二週間の左側上膊外側打撲症を受けた。その他、査察官の中には、衣服を破られ、打撲傷を受けた者もあつた。警察官安部公彦は、二階の窓から入つた際、チエツクライターのようなものを投げ付けられ、全治約二か月の頭部外傷顔面挫傷の傷害を受けた。

以上の認定に反する証人洪菊江、同鄭基東、同厳翼朝、同白在玉(第二回)、同李雙根、同黄豊子の各証言は、前顕各証拠に照らしてにわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  差押目録の作成及び差押物の還付

証人小林一誠、同木場初、同横田光信(第一回)、同北島孝康、同竹下文男、同吉澤利治の各証言、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

小林・木場両統括官は、立会警察官の同行を得て本店及び上野支店から本件差押物を東京国税局へ持ち帰ると、直ちに立会警察官の立会いを受けて差押目録の作成に取りかかり、昭和四二年一二月一四日の朝、原告に差押目録の謄本を交付した。そして、原告側の事情を配慮して、差し支えない限り速やかに本件差押物を原告に還付することとし、同日朝から還付を開始し、同日中に三〇〇余点を還付したのを始め、昭和四三年五月二二日までには全部の差押物を還付した。その際、将来入手が困難なもの、あるいは特に保全の必要性が高いものなどについては複写機で複写物(本件複写物)を作成した(以上のうち、差押目録謄本が昭和四二年一二月一四日朝原告に交付され、本件差押物の一部が同日原告に還付され、昭和四三年五月二二日までに残部が還付されたことは、当事者間に争いがない。)。

第七本件許可状の請求及び本件発付処分の違法並びに本件強制調査の実体上の違法の主張について

一  第三者に対する強制調査の違法の主張について

原告は、犯則嫌疑者以外の第三者に対し国犯法の強制調査を行うことは許されないと主張する。

しかしながら、強制調査について定めた国犯法二条一項は、「収税官吏ハ犯則事件ヲ調査スル為必要アルトキハ」強制調査をなし得る旨規定し、被調査者の範囲について何ら制限を付していないから、犯則嫌疑者のみならず、第三者に対しても強制調査をなし得るものと解すべきである。また、犯則事件の証憑(証拠物)と思料される物件が、しばしば第三者の所有又は占有に属するところから、国犯法は、一条で犯則嫌疑者に対する任意調査と併せて参考人に対する任意調査を規定し、この任意調査によつて犯則事件調査の目的を達し得ない場合のため、二条で強制調査の制度を設けたものと解されるのであつて、この趣旨からも、強制調査の対象に第三者が含まれ、第三者の所有又は占有する物件も、証憑と思料される限りは差押えが可能と解すべきである。

よつて、原告の主張は理由がない。

二  犯則構成要件事実の脱漏の主張について

1  原告は、本件各許可状及びその請求書には、「犯則事実」として、「けん疑者は、……年分(又は事業年度)において、実際には申告額を上回る所得を挙げていると見込まれるのにかかわらず、……税務署長に対し総収入金額ならびに所得金額が左記のとおりであると過少な申告を行い、所得税(又は法人税)を免れている疑いがある。」と記載されているのみであつて、ほ脱犯の構成要件をなす「偽り(詐偽)その他不正の行為により」に係る記載が欠けていると主張する。

所得税又は法人税のほ脱罪は、納税義務者が所得税・法人税を免れ又はその還付を受けたこと、その手段として「偽り(詐偽)その他不正の行為」を行つたことを構成要件とする犯罪であり、右の「偽り(詐偽)その他不正の行為」とは、ほ脱の意図をもつて、その手段として税の賦課徴収を不能若しくは著しく困難ならしめるような何らかの偽計その他の工作を行うことをいうが、真実の所得を隠蔽し、それが課税対象となることを回避するため、所得金額を殊更過少に記載した内容虚偽の所得税(又は法人税)確定申告書を所轄税務署長に提出する行為は、右の「偽りその他不正の行為」に当たるものと解すべきである(最高裁判所昭和四八年三月二〇日第三小法廷判決・刑集二七巻二号一三八頁)。

本件許可状及びその請求書に犯則事実として原告主張のとおり記載されていたことは当事者間に争いがないところ、右犯則事実の記載は、「けん疑者は……実際には申告額を上回る所得を挙げていると見込まれるのにかかわらず、……総収入金額ならびに所得金額が左記のとおりであると過少な申告を行い、所得税(法人税)を免れている」というもので、本件犯則嫌疑者が所得税(法人税)を免れたことと、その手段として過少な申告を行つたことを掲げている。そして、右の過少申告が、租税を回避する意図をもつて、所得金額を殊更過少に記載してなされた内容虚偽の申告を指すものであることは、右記載から容易に理解できるところである。すなわち、右犯則事実の記載は、本件犯則嫌疑者が所得税(法人税)を免れたこと、その手段たる「偽り(詐偽)その他不正の行為」として所得金額を殊更過少に記載した内容虚偽の申告を行つたことを掲げているのであつて、ほ脱犯の構成要件の記載として欠けるところはないというべきである。

2  また、原告は、本件許可状のうち方元俊及び李五達に係る分の請求書には実際所得金額が記載されているにもかかわらず、許可状にはその記載が脱漏しており、国犯法二条四項の規定に違反すると主張する。

国犯法二条四項は、犯則事実が明らかなときはこれを許可状に記載すべきことを定めているが、請求書記載事実を漏れなく許可状に記載することを求めているものではない。同項は、犯則事実の記載により、捜索・差押えの範囲をできるだけ明確にして特定の犯則事件について収税官吏に付与すべき捜索差押権限を限定し、収税官吏が不当に広範囲にわたり探索的な捜索・差押えをしたり、許可状を他の犯則事件に流用することを防止し、もつて私人の自由権と財産権を保障する趣旨である。したがつて、裁判官は、その心証に応じ、右の目的に奉仕する範囲で犯則事実を記載すれば足りるのである。

前顕甲第三〇号証の一、第三二号証によると、方元俊及び李五達に係る本件許可状の請求書には、同人らの実際所得金額が記載されているが、それは、特定の取引に係る所得金額を表したものではなく、一年分の全体の所得金額に関する収税官吏の一応の心証額を表したものにすぎず、収税官吏は、右請求書により、一年分の全体の実際所得金額を固めるための強制調査に関する許可状の発付を求めていることが明らかである。しかるところ、本件許可状には、右犯則嫌疑者が調査対象年分において申告額を上回る所得を得ているにもかかわらず所得税を免れている疑いがある旨記載されており、右収税官吏の請求に係る強制調査の範囲を明らかにし、国犯法二条四項の前記目的実現のために十分な記載がなされているものということができるから、たとえ請求書記載の実際所得金額が掲げられていなかつたとしても、本件許可状が同項の規定に違反するものとはいえない。

よつて、原告の主張は理由がない。

三  国犯法上の任意調査の欠如の主張について

原告は、強制調査を行うためには、その前提要件として、国犯法上の任意調査がまず行われ、かつ、それが同法上の調査であることが被調査者に対し明示されたことが必要であるところ、本件強制調査前に東京国税局が原告に対して実施した調査は、所得税法又は法人税法に基づく課税処分のための調査(税務調査)であつて、国犯法上の任意調査ではないから、本件強制調査はその前提要件を欠き違法であると主張する。

しかしながら、強制調査実施のために国犯法上の任意調査を経由することが必須の要件であるか否かはともかくとして、第四記載のとおり、東京国税局は、本件強制調査の実施前に、原告に対して同法上の任意調査を実施しているから、原告の主張は前提を欠くものである。この点に関して、原告は、査察官が右調査の際に携行した調査証には、いずれも「所得調査のため」と記載され、「国税犯則取締法による調査のため」とは記載されていなかつたことを根拠に、右調査は同法上の任意調査ではなかつたと主張する。しかし、調査証の右のような記載によつて、当該調査の法的性格が決定付けられるものではない。右調査は、いずれも、国犯法上の調査を職務とする査察官によつて行われたものである。金年珍関係の調査では、原告に対し、査察官が国犯法による調査であることを明言し、査察部長が金年珍の「査察調査」に必要であるとして文書による調査依頼(甲第二六号証の二の二)をなしている。李五達関係の調査では、原告に対し、査察官が国税査察官証票を提示し、査察部長が李五達の「所得税法違反けん疑事件」の証拠として必要であるとして文書による調査依頼(甲第二六号証の三の二)をしている。松本祐商事関係の調査では、査察官が原告に対し、査察調査であることを説明している。三和企業関係の調査では、査察官が原告に対し、国税査察官証票を提示している。方元俊関係の調査についても、原告の審査部副部長朴昌南は、原告に対する調査が、その前に方元俊に対し行われた強制調査に関連する調査であることを分かつていたと証言している。その他、原告の職員が作成した甲第二六号証の一、二の一、三の一、八の一には、原告に対する調査が査察調査であつた旨記載されており、また、原告の職員で右調査が国犯法上の任意調査であつたことを否定する趣旨の証言をするものはいない。したがつて、東京国税局が本件強制調査前に原告に対し行つた調査は国犯法上の任意調査であり、そのことは原告に明示されていたことが明らかといわなければならない。

よつて、原告の主張は理由がない。

四  強制調査の必要性の不存在の主張について

原告は、犯則事件の調査は任意調査を原則とし、任意調査によつて目的を達せられる場合には強制調査を行うことができないところ、原告は東京国税局の任意調査に対し十分協力してきたのであるから、原告に対する本件強制調査はその必要性を欠き違法であると主張する。

1  一般に、国犯法上の強制調査は私人の基本的人権と衝突する虞が大であるから、任意調査によつて調査の目的、すなわち犯則事件を告発するための証憑の発見・集取という目的を達することができる場合には、強制調査はその必要性を欠き許されないと解される。

2  そこで、本件強制調査につきその必要性が存したか否かを検討するに、成立に争いのない乙第二、第三号証の各一、二、証人荒井啓亘(第一回)、同北島孝康の各証言、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

一般に、所得のほ脱は、収入の一部を公表帳簿から除外し又は経費を架空に若しくは水増しして計上し、それによつて得た簿外資産を預貯金その他の資産として留保し又は簿外の経費として支払うという形をとる場合と、記帳額に基づかない、いわゆるつまみ申告を行う場合とがあり、収税官吏がほ脱所得を確定するためには、調査対象年分(又は事業年度分)の総収入金額(又は益金)及び必要経費の額(又は損金)並びに各年(又は事業年度)末における資産及び負債の額を、それぞれ勘定科目別に確定させる必要がある。

一方、企業の経済活動は、いわゆる信用経済の上に成り立つており、取引代金の決済は、手形・小切手の銀行交換、預金口座への振込等金融機関を介して行われるのが通例であること、企業の資金需要を満たすため、証書借入れ、手形割引等金融機関からの借入れに依存することが大であること、企業の手持資金は、当座性預金として金融機関に預金されるほか、資金の蓄積形態として、定期性預金とされたり、信託、債券、株式等への投資資金とされるのが通常であることから、ほ脱所得を確定させるため、犯則嫌疑者の金融機関との取引に関する帳簿書類の調査が極めて有益であり、犯則嫌疑者自身に対する調査のみで犯則事実の確定が困難な場合には、その取引金融機関に対する調査の必要性が発生するといえる。

ところで、金融機関との取引には、実名による取引のほかに、仮名(他人名義、架空名義)や無記名による取引があり、特に犯則事件につき調査の必要のある簿外取引には、仮名や無記名のものが多い。東京国税局が昭和四一年度に告発した犯則嫌疑者三三名の公表預金は一二・八パーセントで簿外預金は八七・二パーセントであり、簿外預金のうち実名のものが二・四パーセント、無記名のものが四二・八パーセント、仮名のものが五四・八パーセントであつた。同じく昭和四二年度に告発した犯則嫌疑者三七名の公表預金は四五・六パーセントで簿外預金は五四・四パーセントであり、簿外預金のうち実名のものが三・一パーセント、無記名のものが四九・七パーセント、仮名のものが四七・二パーセントであつた。また、全国で昭和四二年度に告発された犯則嫌疑者一一二名の公表預金は三二・九パーセントで簿外預金は六七・一パーセントであり、簿外預金のうち実名のものが二・四パーセント、無記名のものが三三・八パーセント、仮名のものが六三・八パーセントであつた。したがつて、金融機関に対する調査によつてほ脱所得金額を確定するためには、実名取引のほかに、仮名や無記名による預金等の取引を発見し、把握済み及び新たに発見された預金等の資金の動きを解明する必要がある。

3  そして、第三で述べたとおり、東京国税局は、本件強制調査前に、本件犯則嫌疑者に対し強制調査及び任意調査を実施したが、それによつてはほ脱所得金額を確定するだけの証憑を集取することができず、原告を含む本件犯則嫌疑者の取引金融機関に対する調査が必要となつた。

右のように、原告に対し任意調査を実施することの必要性が認められるところ、第四及び第五の四で述べたとおり、東京国税局は、本件強制調査前に、原告に対する任意調査を実施したものの、本件犯則嫌疑者に帰属する仮名預金の解明について、原告から十分な協力が得られず、ほ脱所得金額を確定するだけの証憑を集取することができなかつた。このように、任意調査によつては目的を達することができなかつた以上は、原告に対し強制調査を実施する必要性が存したというべきである。この点を本件犯則嫌疑者の各人別に述べると、以下のとおりである。

4  方元俊関係の任意調査では、原告からかなりの程度の協力が得られ、東京国税局は、同人に帰属すると認められる一三〇口の仮名預金を把握できたが、同人において右仮名預金が同人に帰属することを否認したため、右仮名預金が同人に帰属することを確定させるために預金申込書等の資料が必要となるところ、その提示を拒否されたもので、強制調査の必要性が存したといえる。

原告は、東京国税局が本件強制調査で差し押えた資料のうち方元俊の犯則事実と関連性を有するものはごくわずかで、それすらも任意調査を継続することによつて容易に内容の判明し得たものであると主張する。しかし、第六で述べたように、本件強制調査は、原告の職員及び部外者の共同の妨害行為により途中で打ち切られ、捜索に着手し得なかつた帳簿書類が多数残されたのであつて、本件強制調査により入手し得た犯則事実と関連性を有する資料が比較的少なかつたからといつて、本件強制調査の必要性がなかつたものと直ちにいうことはできない(このことは、方元俊のみならず、本件犯則嫌疑者の全員について共通にいえることである。)。原告の右主張は、方元俊関係の本件差押物の中で、東京国税局が複写物を作成し被告国が成立に争いのない乙第一五号証で関連性を主張するものの割合が小さいことを理由とするものであるが、証人木場初、同竹下文男の各証言によれば、東京国税局は、証拠保全の必要性が特に高いと思料される差押物について複写物を作成したもので、その余の差押物について関連性がないと判断したものではないことが認められる(このことは、本件犯則嫌疑者全員に共通していえることである。)。また、強制調査の必要性の存否は、強制調査開始の時点で判断すべきもので、強制調査の結果有力な証憑が発見・集取できなかつたからといつて、直ちに右必要性が否定されることにはならないが、前顕乙第一五号証、証人竹下文男の証言によれば、東京国税局が本件強制調査により新たに入手した資料のうち、仮決算書類綴(別紙第一目録(一)507)には、昭和四〇年九月末現在の方元俊の仮名預金と思われる岩崎三郎、谷口一、南正明ら一〇名の名義の定期預金が連記され、決算書類綴(同509)には、昭和四二年三月末現在の方元俊及び同人の仮名預金と思われる定期預金が連記され、統計資料(同606)には、昭和三八年三月末現在の方元俊ら大口債権者に対する貸付金額及びその見返り預金額が記載され、また、手控帳(同方元俊分692)には、方元俊の仮名預金として井出三郎ら一七口、無記名預金として七口が、実名預金とともに記載され、いずれも方元俊に係る犯則事件の証憑といえるものであることが認められる(仮に、これらの資料が刑事裁判の証拠として提出されていないとしても、証憑としての性質を否定されることにはならない。)。そして、右資料が任意調査の継続により入手できたと認むべき証拠もないから、右資料の発見集取は、本件強制調査の必要性の存在を肯定する一材料といえる。

更に、原告は、方元俊に対する更正及び告発が本件強制調査後間もなく行われたことから、同人に係る証拠資料は本件強制調査の前にすべて集取されていたもので、本件強制調査の必要性がなかつたと主張する。しかし、証人竹下文男の証言によると、東京国税局では、本件強制調査によつて仮名預金の帰属及び不明出金の内容を確認するために必要な資料を得ることができたもので、更正及び告発を比較的早く行つたのは、方元俊に定期預金解約の動きがあり、租税債権確保のためであつたことが認められる。

5  金年珍関係の任意調査では、東京国税局は、原告に索引簿、伝票等の提示を拒否され、臨店調査も再三断られ、原告からの文書による回答書にも「入出金不明」とする箇所があり、上野支店に金年珍の仮名預金が存するとの疑いがあつたにもかかわらず、任意調査ではその解明ができなかつたもので、強制調査の必要性が存したといえる。

原告は、金年珍が所得税をほ脱したことを疑うに足りる合理的な理由がなく、このことは、同人に対する昭和三九年分及び昭和四〇年分の各所得税の審査裁決がいずれも原処分の総所得金額を一部取り消した上、それぞれ約七〇〇万円と約一一二〇万円としたこと、同人に対する犯則事件が立件されなかつたことに徴しても明らかであると主張する。しかし、金年珍にほ脱の疑いが存したことは、第三の二で述べたとおりであり、審査裁決の認定によつても申告脱漏の所得金額が約一〇〇〇万円に達することは、むしろ右疑いの合理性を裏付けるものであり、犯則事件が最終的に告発に至らなかつたとしても、そのことにより右疑いの存在を否定することはできない。

また、原告は、本件強制調査により金年珍分として差し押えられた物件は、原告が任意調査に応じて既に写しを提出していたものの原本、既提出分から容易に判明し得る資料、原告が提出した写しの原告控えのいずれかであるから、本件強制調査の必要性はなかつたと主張する。しかし、成立に争いのない乙第一八号証、証人北畠文男の証言によれば、本件強制調査により金年珍分として差し押えられた物件中には、原告から任意調査の際に写しが提出されていた物件も含まれているが、他面において、例えば、貸付稟議書(別紙第一目録(二)金年珍分1。金年珍名義の定期積金、定期預金等が連記されている。)、普通預金組合員繰越元帳綴(同5。金宮年珍名義のもので、原告から提出された写しとは年度が異なる。)、金剛積立貯金解約伺(同6。解約理由が記載されている。)、不動産担保品台帳(同17。金年珍の担保物件が記載されている。)、貯金積金担保品台帳(同18。金年珍ら名義の定期預金が記載されている。)は、いずれも仮名預金の発見、帰属の確定に重要な証憑であるにもかかわらず任意調査の際に提示されておらず、複写物の提出もされていないことが認められ、本件強制調査が全く無意義なものに終わつたものともいえない。

6  李五達関係の任意調査では、東京国税局は、原告に本店の帳簿書類の提示を拒否され、上野支店の帳簿書類についても同人の実名義に係るもの以外はほとんど提示を拒否され、同店に同人の仮名預金が存するとの疑いがあつたにもかかわらず、任意調査ではその解明ができなかつたもので、強制調査の必要が存したといえる。

原告は、李五達に対する犯則事実は、同人が東京都内で多数の店舗を自ら経営しているとの前提に立つているが、これは客観的事実に反していると主張する。しかし、同人に所得税ほ脱の疑いが存したことは、第三の三記載のとおりである。なお、付言するに、証人李五達は、新宿「千山閣」は李五達が経営していたが、その他の店舗は弟らの経営に係るのであつて、上野「千山閣」(朝鮮料理店)は李淳徳及び李淳東、上野「ボナンザ」(喫茶店)、「五番」(中華そば屋)、「モンテカルロ」(バー)は李淳永、有楽町「富士」(喫茶店)は李淳碩がそれぞれ経営していた旨供述し、証人洪文権も、李五達の弟らは各自の名義で店舗を営業し所得申告をしていた旨供述している。しかしながら、証人荒井啓亘(第二回)の証言によれば、本件強制調査当時、犯則事実である昭和三九年分及び昭和四〇年分の所得に関し、李五達の申告内容、営業規模に比較して同人の資産が著しく増加していたこと、一方、弟らについては申告内容、営業規模に比較して資産増加が少なかつたこと、各店舗内の動産の所有名義、営業許可名義、申告名義等が一定せず、年によつて異なつていたこと、李五達の支払いに弟名義の預金が当てられていたこと、従業員らは、李五達を「社長」、李淳碩を「部長」、その他の弟らを「マネジヤー」、「マスター」、「主任」と呼んでいたことなどの点から、各店舗を通じて実質的経営者は李五達本人であることを疑わせる余地が十分にあつたことが認められる。

原告は、本件強制調査当時、東京国税局では既に昭和四一年分所得について、李五達の経営は新宿「千山閣」だけで、その他は弟らの経営に属するとの判断に達し、かつ、ほ脱所得金額も把握していたから、昭和三九年分及び昭和四〇年分の所得の帰属については、昭和四一年の営業形態と比較して差異があるか否かを調査することによつて容易に判断できたはずであると主張する。証人荒井啓亘(第二回)の証言によれば、本件強制調査当時、査察官は、それぞれの調査結果により李五達の昭和四一年分所得は新宿「千山閣」の経営に係るもののみであつて、他の店舗は弟らの所得に属すること及び同年分のほ脱所得金額をほぼ把握していたことが認められる。しかしながら、前記のとおり各店舗の営業許可名義、申告名義等が一定せず、年によつて異なつていたことに徴すると、昭和四一年分所得の帰属及びほ脱所得金額を把握していたとしても、それによつて直ちに昭和三九年分及び昭和四〇年分の所得の帰属が明らかになるものとはいえない。のみならず、証人荒井啓亘(第二回)の証言によれば、東京国税局では、昭和四二年四月四日李淳東、李淳碩の居宅に対して強制調査を実施した際、新宿「千山閣」の昭和四〇年分売上げに関する日計表を発見したことから、昭和四〇年分については他の店舗も李五達の経営に係るものではないかとの新たな疑問を有するに至つたことが認められる。

原告は、本件強制調査が全く無意味のものであつたことは、李五達の昭和三九年分所得税については告発も更正も行われず、また、昭和四〇年分所得税については告発がなく、更正により新たに納付すべきものとされた税額が一六三万余円にすぎなかつたことに徴して明らかであると主張する。しかしながら、結果的に告発、更正に至らなかつたからといつて、本件強制調査が必要性を欠いたものということはできない。

なお、原告は、李五達に係る原告に対する任意調査に際し、弟らに関する調査の取扱いについて査察官と協議した結果、取りあえず李五達分についてのみ回答書を作成することで合意に達したと主張するが、右主張が認められないことは第四の三記載のとおりである。

7  松本祐商事関係の任意調査では、東京国税局は、原告に索引簿、印鑑簿、名寄帳、反対伝票の提示を拒否され、上野支店に松本祐商事の仮名預金が存する疑いがあつたにもかかわらず、任意調査ではその解明ができなかつたものであり、本件強制調査の必要性があつたことは明らかである。

8  三和企業関係の任意調査では、東京国税局は、原告の協力を全く得られなかつたもので、強制調査の必要性が存したことは明らかである。

原告は、三和企業に対する強制調査は本件強制調査直前の昭和四二年一二月五日に実施され、同会社に係る本店及び上野支店に対する任意調査はその緒についたばかりであつて、右調査の非協力を云々する段階には至つていなかつたから、本件強制調査はその必要性を欠くと主張する。しかし、第四の五及び第五の四記載のとおり、原告が口実を設けて調査協力を遷延させ、特に、三和企業の実名以外の取引に関する帳簿書類の提示については将来とも応じない態度を示していたのであるから、原告の調査非協力は既に明らかになつていたものというべきである。

原告は、三和企業は犯則嫌疑の対象とされた昭和四〇年九月期及び昭和四一年九月期の各事業年度の法人税について、最終的には告発もなく、更正を受けたにすぎず、本件強制調査によつても告発するに足りる証拠を収集することができなかつたから、本件強制調査の必要性はなかつたと主張する。しかしながら、結果的に告発に至らなかつたからといつて強制調査の必要性がなかつたとはいえず、証人横田光信(第一回)の証言によれば、東京国税局では、三和企業に対し約二億九〇〇〇万円の所得金額の脱漏を認定して更正を行い、それが最終的に確定したことが認められ、同会社について法人税ほ脱の疑いが存したことは否定できない。

9  ところで、原告は、金融機関は顧客に対し守秘義務を負うと同時に、業務上委託された秘密を他から侵されないという法的利益を有するから、金融機関に対し普遍的に個人別の預貯金等の調査を行うことは許されないところ、犯則嫌疑者の実名義と異なる名義人に係る帳簿書類について、犯則嫌疑者と当該名義人との関連を説明することなく提示を求めたり、名寄帳、印鑑簿、索引簿等の一覧性の帳簿書類の提示を求めることは、普遍的調査に該当するから、これを拒否したからといつて強制調査の必要性が存するとはいえないのであり、原告が協力しなかつたのも、このような普遍的調査についてである旨主張する。

しかし、第四及び第五の四記載の証拠及び認定事実から明らかなとおり、原告には本件犯則嫌疑者の仮名預金の存する疑いがあつたところ、東京国税局は、原告に対し、本件犯則嫌疑者の氏名を明示し、その者の仮名を含む預金等の取引と資金の動きを把握する目的であることを明らかにして、それに必要な帳簿書類の提示を求めたものであつて、本件犯則嫌疑者と取引名義人の関係を右以上に具体的に説明ないし疎明しなかつたとしても、右調査をもつて普遍的調査ということはできない。したがつて、原告の右主張は、前提を欠くものとして、失当というべきである。

ちなみに、任意調査にどの程度協力するかは、もともと被調査者の任意の判断にゆだねられているところであり、金融機関が顧客に対する守秘義務から調査非協力に出たことにやむを得ざるところがあつたにしても、刑事訴訟法一〇五条のような明文の規定がない以上、右守秘義務をもつて裁判官の許可状に基づきなされる強制調査を拒絶することはできない。したがつて、国税当局が金融機関に対し任意調査で調査事項を明示して協力を求め、それにより目的を達し得ない場合には、強制調査が可能というべく、この点からも本件強制調査は必要性の要件を満たしているということができる。

また、原告は、調査事務の増加や業務多忙のため、東京国税局の協力依頼に直ちに応じられなかつたことがあるにしても、これをもつて調査非協力とみなすことはできないと主張する。

しかし、第四及び第五の四記載のとおり、原告の協力態度には時期により若干の違いがあるものの、原告は、昭和四二年に入ると、帳簿書類の提示や回答等をできる限り遷延させる態度を執り、少なくとも本件強制調査時には、仮名預金の調査には協力しないという姿勢をほぼ固めていたことが明らかである。

10  以上のとおり、原告の主張は、いずれも理由がなく、本件強制調査の必要性が存したことは明らかというべきである。

五  政治的弾圧の主張について

原告は、本件強制調査は朝鮮民主主義人民共和国とその在外公民である在日朝鮮人に対する敵視、抑圧政策の一環として行われたもので、真の狙いは在日本朝鮮人総聯合会の経済的、政治的基盤を動揺、崩壊させることにあつたと主張する。

証人木村純、同崔載淳(第一回)、同金英政の各証言、原告代表者鄭春植の供述、本件強制調査の直後に発表された弁護団及び在日本朝鮮人商工連合会の各声明書(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第九、第一〇号証)の中には、右原告の主張に副う部分があるが、これらの証拠のみで本件強制調査が原告主張のような目的でなされたものと認めることは到底できない。本件強制調査は、四記載のとおり、本件犯則嫌疑者の犯則事実調査の目的によるものであることが明らかである。

六  以上のとおりであるから、本件許可状の請求及び本件発付処分の違法並びに本件強制調査の実体上の違法に関する原告の主張は、いずれも理由がない。

第八本件強制調査の手続上の違法の主張について

一  本件許可状の不提示の主張について

原告は、小林・木場両統括官は本件強制調査に際し原告に対して本件許可状を提示しなかつたと主張する。

国犯法上の強制調査を行う場合には、刑事訴訟法一一〇条の規定に準じ、調査を受ける者に対し、許可状を提示すべきものと解される。そして、調査を受ける者が法人の場合には、その代表者に提示すべきであるが、代表者が強制調査の現場に不在のときは、当該現場を代表者に代わつて管理する責任者(それは、原則として、当該現場に居合わせた職員の中の最上席者である。)に提示し、代表者やそれに代わる者が閲読を拒否した場合には、立会人に提示すれば足りる。

これを本件についてみるに、本店における強制調査については、第六の二記載のとおり、木場統括官は、調査現場の本店二階営業部事務室において、在室中の職員の中で最上席者である朴預金係長に対し、方元俊、李五達及び三和企業に係る本件許可状を提示して記載内容を説明しようとした。ところが、同係長は、閲読を拒否し右の説明を全く聞こうとしなかつた。そのため、木場統括官は、立会いの警察官に本件許可状を提示した。したがつて、適法な提示がなされているといえる。なお、いつたん原告の職員に提示している以上、その後により上席の職員が現れても、これに重ねて提示する必要はないと解されるが、木場統括官は、本件強制調査開始後に営業部事務室に入つて来た原告の総務部長に対しても、本件許可状を提示しているから、この点においても問題はない。

また、上野支店における強制調査については、第六の三記載のとおり、小林統括官は、調査現場の上野支店一階事務室において、在室中の職員の中で最上席者である金預金係長に対し、三和企業、松本祐商事、李五達及び金年珍に係る本件許可状を順次提示し、犯則事実等の記載内容を逐一説明し、同係長が立会いを拒否したため、立会いの警察官にも提示した。更に、小林統括官は、強制調査後に事務室に入つて来た原告の副理事長、上野支店長及び弁護士にも提示した。したがつて、適法な提示がなされたといえる。

よつて、原告の主張は理由がない。

二  身分証明書の不提示の主張について

原告は、小林・木場両統括官は本件強制調査に際し、原告に対し身分証明書を提示しなかつたと主張する。

しかし、第六の二及び三記載のとおり、本店においては木場統括官が朴預金係長に対し、上野支店においては小林統括官が金預金係長に対し、それぞれ収税官吏章を提示しているから、原告の主張は理由がない。

三  立会権の侵害の主張について

原告は、小林・木場両統括官は本件強制調査に際し原告の立会権を侵害したと主張する。

しかしながら、本店における強制調査については、第六の二記載のとおり、木場統括官が現場に居合わせた職員の中で最上席者の朴預金係長に立会いを求め、同係長が立会いを拒否したのであるから、原告の立会権を侵害したことにはならない。もつとも、同係長は責任者が帰るまで待つて欲しいと述べているが、かかる場合、より上席者の帰店まで調査開始を延ばす必要はない上、同係長は責任者がいつ帰店するか分からないと述べるのみで、職員が口々に抗議を始め、調査妨害の虞が出てきたのであるから、かかる状況下で警察官の立会いにより調査を開始したことに違法はないというべきである。

また、上野支店における強制調査については、第六の三記載のとおり、小林統括官が現場に居合わせた職員の中で最上席者の金預金係長に立会いを求め、同係長が立会いを拒否したのであるから、原告の立会権を侵害したことにはならない。そして、小林統括官が同係長に立会いを求めている間、多数の部外者が現場に乱入し、査察官に暴行を始めたのであるから、かかる状況下で警察官の立会いにより調査を開始したことに違法はない。

また、原告は、原告の責任者等が店内に入ることを実力で妨害されたと主張するが、警備の査察官と多少の問答があつたにせよ、第六の二記載のとおり、本店においては、原告の総務部長らが強制調査中の店内に入り、また、第六の三記載のとおり、上野支店においては、原告の副理事長、上野支店長及び弁護士が強制調査中の店内に入つている。

よつて、原告の主張は理由がない。

四  警察官の立会いの主張について

原告は、本件強制調査に立ち会つた警察官は収税官吏と同質的な立場にあり、公正な第三者の立場になかつたから、立会人としての適格性を欠くと主張する。

第五の二記載のとおり、本件強制調査の準備に当たつた小林・木場両統括官は、李五達及び三和企業に対する強制調査の際、激しい妨害行為が行われたことにかんがみ、本件強制調査においても同様の事態が発生し、原告から立会いを拒否されることが十分に予想されたので、所轄の原宿・上野両警察署長に対し、国犯法二条の規定に基づく強制調査を実施する予定であることを事前に通告するとともに、万一必要な事態が発生したときは、同法六条二項の規定に基づく立会要請及び同法五条の規定に基づく援助要請を行う旨を申し入れ、警備要請書を交付した。右の要請に基づいて、両警察署長から立会人となるべき警察官が指名され、本件強制調査の際、両統括官の要請に従つて現地へ派遣され、立会人としての職務を遂行したものである。しかし、強制調査が、証拠の隠滅毀損を防ぐため、臨場後早急に開始されるべき性質のものであることを考慮すれば、右のような警察署長に対する事前の通告がなされていたからといつて、立会警察官がその適格性を欠くものとはいえない。

よつて、原告の主張は理由がない。

五  立会人数の不足の主張について

原告は、本件強制調査に立ち会つた警察官の員数は、本店二名、上野支店三名にすぎず、調査が適正に行われるよう監視することは不可能であつたから、国犯法六条の規定に違反し違法であると主張する。

第六の二及び三記載のとおり、本件強制調査の行われた本店二階営業部事務室は係ごとの間仕切りのない一室で、二名の警察官が立ち会つた。また、上野支店は一、二階に分かれているが、一、二階事務室とも係ごとの間仕切りのない一室で、一階事務室には二名の警察官が、二階の事務室には一名の警察官が立ち会つた。以上の状況に照らせば、強制調査の対象となつた各事務室が立会警察官の監視下にあつたといえるから、手続の適正を担保するための立会人の員数としては、右員数をもつて足りたものというべきである。もつとも、一フロアのほぼ全体に広がる事務室に、一名又は二名の立会人では、個々の物件について行われる捜索・差押行為の一切を監視することは不可能であろうが、強制調査が、その性質上、多数人で一斉に行われるのが通常であるにもかかわらず、国犯法六条自体が家宅の所有者等一名の立会いを予定していることからすれば、同法が個々の捜査・差押行為の一切を逐一監視することまで立会人に要求していると解することはできない。立会人としては、強制調査手続の全体を監視し、集められた差押物を確認し、それが顛末書に正確に記載されることを確認すれば足りると解され、本件強制調査の立会警察官が右の役割を果たしたことは、第六の二ないし四記載のとおりであるから、本件において立会人の員数不足の違法を認めることはできない。

よつて、原告の主張は理由がない。

六  電話による通話禁止の主張について

原告は、本件強制調査の開始後終了までの間、査察官から電話による送信・受信を一切禁止され、原告の業務活動を著しく妨害されたと主張する。

1  本店の場合について、職員の証人朴浩吉は、同人が立会いのため原告業務部長に電話連絡しようとしたとき、査察官から、電話による送信・受信は一切中止しろと言われた旨、証人姜順子は、電話をかけようとしたら、査察官に手で押えられた旨、証人成正春は、かかつてきた受話器を取ろうとしたら、査察官にその場から動くな、電話をするななどと言われ、受話器を取れなかつた旨、証人金允満は、預金係、出納係に電話がかかつてきたとき、査察官が受話器を取り、今取り込んでいるから後にして下さいという趣旨の電話をした旨供述している。しかし、本件強制調査の執行に当たつた証人吉澤利治は、査察官に対し、職員が電話をかけるときは会話の内容に注意するよう指示したが、電話による通話を押えて遮断した事実はない旨、証人柳澤昭(第二回)も、査察官が電話をかけさせなかつた事実は見ていない旨供述している。また、職員の証人金允満も、出納係の成正春は査察官の臨場後、朝鮮商工会館六階の朝信協に電話をした旨供述している。更に、第六の一記載のとおり、本件強制調査直前に統括官が査察官に対して行つた指示、注意事項の中には、電話による送信・受信の禁止措置を採ることは含まれておらず、本件強制調査の方針とはされていなかつたことが認められる。そして、本件強制調査の際の職員の攻撃的態度をも総合勘案すれば、査察官が職員に対し電話による送信・受信を控えるよう協力要請をしたことはうかがえても、これを禁止抑圧したとまで認めることはできず、右協力要請の程度をもつて違法と解することはできない。

2  上野支店の場合について、職員の証人洪菊江は、査察官が電話による送信・受信をしてはいけないと言い、かかつてきた受話器を取つて自ら切つた旨、証人厳翼朝は、査察官が電話をかけるなと言つた旨、証人李雙根は、電話の受信を禁止された旨、証人黄豊子は、査察官から電話の送信・受信を禁じられた旨供述している。しかし、第六の三記載のとおり小林統括官が金預金係長に立会いを求めたとき、同係長は本店の意向を確認するため本店に電話をかけて連絡をしたが、その間同統括官は、その結果を待つていたことが認められる。また、証人厳翼朝は、電話の受信は可能であつた旨、証人李雙根は、電話による通話に関し日本語で話をするよう査察官から言われた旨、証人黄豊子は、金預金係長の指示で一階預金係の電話を使用して支店長の外出先に何度か電話をかけたがつながらなかつた、その際、査察官が来て傍らに立ち会話の内容を聞こうとしていた旨供述している。以上のほか、統括官の指示、注意事項の中に電話の送信・受信の禁止措置は含まれていなかつたことや職員の攻撃的態度を考慮すると、強制的に禁止の措置がされたものと認めることは困難であり、前記本店と同様協力要請の範囲にとどまるものと認めるのが相当である。

よつて、原告の主張は理由がない。

七  鍵の破壊の主張について

原告は、本店における本件強制調査の際、査察官は同行の金庫業者に指示して営業部長の机の引出しの鍵を電気ドリルで破壊させ使用不能にしたものであり、違法であると主張する。

強制調査の実施に当たつては、強制力の行使は必要最小限度にとどめ、被調査者に最も損害の少ない方法を選ぶべきである。したがつて、施錠された物件があるときは、被調査者を説得して鍵の提供を受け、その協力の下に開扉すべきである。しかし、被調査者が協力を拒否し、他に適当な方法が存しない場合には、施錠の破壊を行うことも、国犯法三条ノ二第一項の規定により認められ、正当な権利行使として違法性を欠くものというべきである。

これを本件についてみるのに、第六の一及び二記載の事実及び証人朴浩吉(一部)、同金允満、同柳澤昭(第二回)、同吉澤利治、同木場初の各証言によれば、次の事実が認められる。

本店に臨場した査察官は、本件強制調査開始の指示に従い、一斉に証拠資料が存在すると思料されるロツカー、机の引出し等を開扉して帳簿書類を取り出して選別作業を実施したが、営業部長のスチール製机の向かつて左側の引出しが施錠されていて開扉できなかつた。査察官は、あらかじめ統括官から机等が施錠されているときは職員を説得して開扉させること、もし、これに応じないときは、金庫業者に指示して最小限度の破壊方法で開扉することとの指示を受けていたので、付近に居合わせた職員に右机の鍵又は合鍵の提出を依頼した。しかし、職員は、そんなものはないとしてこれに取り合わない上、鍵の所在場所、保管者等について一言も説明せず協力する態度を全く示さなかつた。このため、査察官は、同行した金庫業者に点検させたところ、鍵穴を壊す以外に適切な方法がないとのことであつたので、やむなく破壊後修復できる程度に鍵穴を最小限壊すよう指示した。そこで、金庫業者は、コンセントを差し込み、電気ドリルの先端を鍵穴に入れて電動させた。そのとき、右の電動音に気付いた七、八名の職員らが金庫業者を取り囲み、足蹴りを加え、電源を切るなどの妨害をしたため、作業が不可能となり引出しを開扉することができなかつた。以上の事実が認められる。右の点につき、証人朴浩吉は、査察官から職員に対して鍵を開けるよう要請はなかつた旨供述しているが、前顕各証拠に照らしてにわかに採用することができない。

右事実によれば、査察官の採つた鍵破壊の措置は、当時の状況において必要やむを得ないものであり、正当な権利行使として違法性を欠くものというべきである。

よつて、原告の主張は理由がない。

八  差押目録謄本の不交付等の主張について

1  原告は、本件強制調査終了直後、各差押現場において、両統括官に対し差押目録の作成及びその謄本の交付を請求したが、正当な理由なしにこれを拒否されたから、本件強制調査は国犯法七条一項の規定に違反し違法であると主張する。

国犯法七条一項が、差押目録の作成及びその謄本の交付について規定している趣旨は、被差押者の財産権の保全を図るとともに、差押手続の適正を確保することにあるから、右趣旨にかんがみ、差押目録の作成及びその謄本交付は、原則として差押現場において行うべきものと解される。しかし、同項も、右作成交付の時期について明定していないから、差押現場で行うことを絶対の要件としているとまでは解することができず、差押現場が妨害行為によつて著しく混乱し、差押物が被差押者その他の第三者によつて奪還される虞があり、現場での差押目録の作成が事実上不可能あるいは著しく困難であると認められる場合には、差押現場で作成交付する必要はなく、その後速やかに行えば足りるものと解すべきである。

これを本件についてみるのに、第六の二及び三記載のとおり本店、上野支店とも、多数の職員や部外者らが出入禁止の措置を突破して事務室内に乱入し、警備に当たつていた警察官、査察官の制止を無視して査察官に暴行を加え、集積した多数の段ボール箱を突き崩すなどして選別作業を妨害し、あるいは差押物を奪取しようとしたのであるから、かかる状況の下では差押現場において多数の差押物に係る差押目録を作成することは事実上不可能かあるいは著しく困難であるといわざるを得ない。したがつて、本件強制調査の際、差押目録を差押現場で作成しなかつたことはやむを得ない措置であつたというべきである。そして、第六の四記載のとおり、小林・木場両統括官は、立会警察官同行の下に本件差押物を東京国税局へ持ち帰り、そのまま直ちに立会警察官の立会いを受けて差押目録の作成に取りかかり、本件強制調査翌日の一四日朝、原告に差押目録謄本を交付したのであるから、原告に対する右謄本の交付が遅きに失したとはいえず、右措置をもつて違法ということはできない。

なお、証人白在玉(第二回)は、上野支店の場合について、同人(上野支店長)が小林統括官と二階事務所内の応接セツトで話し合つた結果、これから差押現場で差押目録を作成することの暗黙の合意が成立した、当時差押目録の作成は十分可能であつた旨供述しているが、前記認定事実に照らしてにわかに採用することができない。

2  また、原告は、本件の差押目録は本件差押物を個別的に特定明示することなく、綴、袋等で一括して表示しており、差押物を特定しないものとして違法であると主張する。

国犯法が差押目録の作成を義務付けた前記趣旨にかんがみると、差押目録の記載はできる限り詳細であることが望ましいといえるが、膨大な差押物の一つずつについて逐一特定表示することは、差押えの時間をいたずらに遷延させ、目録の交付や差押物の還付を遅らせることにもなつて、被差押者に対しても不利益を与えることになるから、差押物の範囲が明らかになる以上、ある程度包括的な表示も許されると解すべきである。

弁論の全趣旨により本件差押物の差押目録の写しであることが認められる本件昭和四二年(行ウ)第二二八号事件訴状添付の差押目録の記載によれば、本件差押物の目録には、差押物の表示につき一般名称を用い、同一種類の差押物を一括している部分があり、その記載から個々の差押物を全て識別することはできないが、相当に細かな分類がなされており、同目録の「品名または名称」、「数量または個数」及び「備考」の各記載を総合すれば、原告において差押物の範囲を知り、後日還付の際の照合も可能と認められるから、同目録は、財産権の保全、差押手続の適正の確保という前記目的に適合し、適法なものと解すべきである。

よつて、原告の主張は、いずれも理由がない。

九  関連性の不存在の主張について

原告は、小林・木場両統括官は本件強制調査において本件許可状記載の差押対象物件の範囲を逸脱し、犯則事実との関連性、証拠価値等を個別的に判断せず、あらゆる帳簿書類を手当たり次第に無差別に差し押えたものであるから、本件強制調査は違法であると主張する。

1  まず、本件許可状記載の差押対象物件を見るに、前顕甲第二九、第三〇号証の各二、四、第三一号証の二、第七〇、第七一号証によれば、方元俊、李五達及び金年珍が昭和三九年分及び昭和四〇年分の各所得税につき、松本祐商事が昭和四〇年九月期及び昭和四一年九月期の各事業年度の法人税につき、三和企業が昭和四〇年九月期、昭和四一年九月期及び昭和四二年九月期の各事業年度の法人税につき、それぞれ実際には申告額を上回る所得を上げているにもかかわらず、殊更過少な申告を行い、税を免れたという犯則事実を「証明するに足ると認められる営業並に経理に関する帳簿書類、往復文書、メモ、預貯金通帳、同証書、有価証券及び印鑑等の物件」であることが認められる。右のうち方元俊、李五達及び三和企業に係る分が本店の、李五達、金年珍、松本祐商事及び三和企業に係る分が上野支店の、それぞれ差押対象物件となつている。

2  右の犯則事実を「証明するに足る」物件とは、犯則事実の証憑として証明力を有する物件を指し、この場合、当該物件は犯則事実との関連性を有するということができる。そして、犯則事実の証憑として最低限度の証明力すら持たない物件は、犯則事実との関連性がないとして、差押えの対象から排除されるのである。

ところで、調査の途中段階においては、ある物件がどの程度の関連性を有するかが明確でないことが多く、調査の進展につれ、他の証憑との照合により、関連性の有無が次第に明らかになることは否定できない。また、差押えの現場において、個々の物件につき、その物のどこに潜んでいるかも知れない関連性の有無を的確に判断することは相当困難であり、差押後の詳細な点検によつて関連性が明らかになる場合の多いことも否定できない。したがつて、差押えの時点において、関連性の有無についての正確、厳密な識別を要求することは、不可能を強いるものであり、差押時点における関連性の有無の判断は、ある程度の蓋然的判断で足り、当該物件に関連性を有する可能性が認められれば、その差押えが許されるものと解すべきである(刑事訴訟法九九条一項が証拠物と「思料するものを差し押えることができる」と規定しているのも、同趣旨と解される。)。本件許可状も、この趣旨で、犯則事実を「証明するに足ると認められる」物件と表示し、本件犯則嫌疑者の犯則事実との関連性を有する可能性の認められる物件の差押えを許容したものと解される。

3  一方、本件犯則嫌疑者の犯則事実は、1記載のように、調査対象年分(又は事業年度)の所得を殊更過少に申告したというものであるから、その告発には当該年分(又は事業年度)の真実の所得金額を確定させる必要があるものであり、したがつて本件犯則嫌疑者と原告との調査対象年分(又は事業年度)の取引を証明する帳簿書類等の物件は、すべて犯則事実との関連性を有するものといえる。そして、第四記載のとおり、原告には本件犯則嫌疑者に帰属する仮名預金が相当存する疑いがあつたところ、右仮名預金に関する帳簿書類等の物件も、もとより右の関連性を有する。また、仮名預金は、それ自体に係る通帳、元帳等の帳簿書類によつては帰属の明らかにならない預金であるから、本件犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見し、その帰属を確定させるに必要な帳簿書類等の物件も、同じく関連性が肯定される。

ところで、証人北島孝康の証言及び弁論の全趣旨によると、仮名預金の発見は、一般に、次のような方法によつて可能であることが認められる。すなわち、金融機関において、仮名預金を預金者ごとに名寄せし、索引簿又は名寄帳として管理していたり、仮名預金に係る預金元帳、預金申込書、印鑑簿等に真実の預金者名をメモしていたり、貸付稟議書、得意先係の日誌等に仮名預金の名義をメモしている場合があるので、それらの帳簿書類の記載内容を調査すること、犯則嫌疑者に帰属することが既に把握されている預金の入出金の流れを伝票等でたどつて不審な預金を抽出し、あるいは、右把握済みの預金との類似性の認められる預金を抽出し、更には、金融機関に存する多数の預金口座のうち一定範囲のものについて犯則嫌疑者以外の者に帰属することの明らかな預金を除外することにより帰属不明の預金を抽出し、筆跡、印影その他収税官吏がそれまでの調査により収集した諸資料と照合検討することなどの方法により、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金の発見が可能であることが認められる。したがつて、右の方法を用いる過程において必要な帳簿書類等は、犯則事実との関連性を有するというべきである。なお、原告は、金融機関に存する多数の預金口座の中から帰属不明の預金を抽出するというような調査は、一般探索的調査であると非難するが、本件犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を抽出するためである以上、一般探索的調査とはいえない。

4  そこで、本件強制調査の際に差押物が右の関連性を有することについての蓋然的判断がなされたか否かを検討するに、第六記載のとおり、小林・木場両統括官は、本件強制調査の実施が決定されると、直ちに右調査に従事する査察官全員を招集し、本件犯則嫌疑者、犯則事実、ほ脱の態様、手口、任意調査の経過、原告との取引状況、差し押えるべき物件の内容について約一時間にわたつて詳細に説明したこと、本店においては、査察官が捜索開始の指示と同時にあらかじめ定められていた班に分かれ、ロツカー、机の引出し等から帳簿書類を取り出して床や机の上に並べて関連性を有すると思料される物件を順次選別し、金庫室前では選別担当の査察官が金庫室から運び出した帳簿書類を選別したこと、上野支店においては、本店と同様に捜索開始の指示と同時に各班に分かれて帳簿書類を点検し、関連性を有すると思料される物件を段ボール箱に詰め、これを二階の選別班のところへ集積し、その一部について選別班が更に点検したことが認められる。したがつて、本件強制調査においては、差押物が関連性を有することについての蓋然的判断がなされているものと一応いうことができるが、現実に差し押えられた本件差押物が関連性を有する可能性の認められるものか否かについて、なお検討することとする。

(一) 本件差押物のうち次の〈1〉ないし〈103〉の物件は、成立に争いのない乙第一二ないし第一四号証、証人北島孝康の証言のほか、各番号ごとに掲記の証拠によれば、被告収税官吏・同国の主張六9(三)の対応番号欄記載の理由により、本件犯則嫌疑者の犯則事実との関連性を有する可能性を持つたものであることが認められる。

(中略)

(二) また、次の〈104〉ないし〈126〉の物件も、各番号欄記載の理由により、本件犯則嫌疑者の犯則事実との関連性を有する可能性を持つたものであることが認められる。

〈104〉 具名義・方名義関係書類((一)方元俊分684、685、三和企業分683)

前顕乙第一二号証、証人北島孝康の証言によれば、右関係書類は、具及び方名義の貸付けに関する書類を一まとめにしたもので、三和企業及び方元俊に係る貸付金の内容を調査する資料となり得ることが認められる。

〈105〉 交換支払手形内訳表((一)225、(二)333)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、交換支払手形内訳表は、金融機関の顧客が振り出し、支払場所が当該金融機関となつている手形、小切手を手形交換所で決済したときに、右手形、小切手について記載したもので、犯則事実との関連性は、〈53〉〈54〉と同一であることが認められる。

〈106〉 交換関係書類((一)610、(二)44)

前顕甲第六九号証の一五七イロ、乙第一三、第一六号証、証人北島孝康、同横田光信(第一回)の各証言によれば、交換関係書類は、手形交換所に対する不渡処分撤回請求に関する書類、照会文書、手形交換所での受取勘定と支払勘定の差引残高を算出した手形差引票等であり、不渡手形、小切手の事後処理を調査することによつて、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりにすることができることが認められる。

〈107〉 手形交換所諸報告書((一)524)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、手形交換所諸報告書は、手形交換所が各加盟金融機関に対して送付する不渡届、不渡人名簿で、金融機関の取立依頼人に不渡りの連絡をした際のメモが記載されていることがあり、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりとなり得ることが認められる。

〈108〉 不渡手形返還添票((一)643)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、不渡手形返還添票は、金融機関が支払場所となつた手形、小切手を預金不足等の不渡りにより手形交換所へ返還する際の添付書類で、不渡りの枚数、合計金額が記載されており、不渡手形の振出人、金額、不渡原因等を調査することにより、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりにすることができることが認められる。

〈109〉 集金控帳((二)192)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、集金控帳は、得意先係の担当者が預金、積金等の集金をしたときに手控えとして記載するもので、預金者の実名、口座等がメモされていることがあり、嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりにすることができることが認められる。

〈110〉 入金送金領収書綴((一)523)

前顕甲第六九号証の一二一イロ、乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、入金送金領収書綴は、送金を依頼された際に発行した領収書の控えで、送金先に入金口座がない場合に備えてあらかじめ依頼者の電話番号等の連絡先がメモされていることがあり、偽名で送金した場合の実名を把握することにより、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりにすることができることが認められる。

〈111〉 仮払金元帳((二)李五達分13)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、仮払金元帳は、交際費を経費として会計処理するための領収証等の必要書類がそろつていないときに、一時仮払金として処理するための元帳であり、大口預金者に対する贈答の内容を調査することによつて、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりにすることができることが認められる。

〈112〉 損益勘定内訳表((一)519)

前顕甲第六九号証の一一八イないしハ、乙第一三号証、証人梁武男(第二回)、同北島孝康の各証言によれば、損益勘定内訳表は、金融機関の損益勘定の内容、例えば大口の貸付金利息、預金利息、未収利息等を具体的に記載したもので、犯則嫌疑者に帰属する大口の実名預金の内容を正確に把握することができる。

〈113〉 総勘定元帳((一)525)

前顕甲第六九号証の一二二イないしニ、乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、定期預金元帳、普通預金元帳等の記載内容の正確性を調査するためには、総勘定元帳との照合が不可欠であり、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金の発見に重要な証拠資料となることが認められる。

〈114〉 日計表綴((一)520)

前顕甲第二八号証の四四、甲第六九号証の一一九イないしニ、証人李圭大、同梁武男(第二回)、同北島孝康の各証言によれば、日計表は、毎日の貸付金、出資金、預金、借入金等各科目の動きを記載したもので、総勘定元帳に転記されるものであり、犯則事実との関連性は、〈112〉と同一であることが認められる。

〈115〉 帰国者持帰金送金明細書綴((二)46)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、右送金明細書は、北朝鮮へ帰国する際に持帰りを許可された金員の明細で、その内容を把握しておけば、犯則嫌疑者に帰属する疑いのある預金が帰国者のものであるとの弁解を排斥することができることが認められる。

〈116〉 参考回議書((二)10)・連絡簿((一)159、(二)262)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、右各書類は、各係の担当者において入手した情報を他の部課へ連絡した書類で、特定の預金者に帰属する預金の名寄せ、預金の払戻金の使途、入金状況等が記載されていることがあり、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金、簿外資産の発見等の手掛かりにすることができることが認められる。

〈117〉 官庁関係書類((一)558)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、官庁関係書類は、監督官庁の業務監査のために作成した資料で、大口の貸付先、金額、担保、特に預金、大口の預金者、名義、金額、役員に対する貸付け、預金取引の状況等の資料が含まれており、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりにすることができることが認められる。

〈118〉 組合員名簿((二)197)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、組合員名簿に登載されている組合員名義の預金については、一応仮名預金ではないと推測できるので、預金が仮名預金か否かを判断する資料にすることができることが認められる。

〈119〉 出資金名簿((一)113)・組合出資移動一覧表((一)540)・出資金譲渡分((一)677)

前顕乙第一三号証、証人北島孝康の証言によれば、出資金名簿は、出資者の氏名、住所、出資口数、金額等を記載したもので、架空名義、個人名義で出資した場合は真実の出資者の氏名、連絡先がメモされていることがあること、組合出資移動一覧表は、譲渡した持分の一覧表、出資金譲渡分は、持分譲渡の当事者名、口数等を記載したもので、いずれも犯則嫌疑者に係る出資金の移動状況を把握する資料にすることができることが認められる。

〈120〉 担保品預り通帳((二)195)

前顕乙第一四号証、証人北島孝康の証言によれば、担保品預り通帳は、貸付金担保の提供を受けたときに発行した通帳が、弁済により返却されたもので、担保提供者、提供日、返還日、通帳の返却日、取扱担当者貸付先等が記載されており、これらを調査することによつて、借受人名義が仮名であるか否かを判断することができる場合があることが認められる。

〈121〉 定期預金預り証((二)196)

前顕乙第一四号証、証人北島孝康の証言によれば、定期預金預り証は、得意先係の担当者が解約等のために預金者から定期預金証書を預かつたときに発行した預り証を手続終了後に返還を受けたもので、名義、口座等を調査することにより、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりにすることができることが認められる。

〈122〉 約束手形控((二)66)

前顕乙第一四号証、証人北島孝康の証言によれば、約束手形控は、手形貸付けを受ける者が金融機関備付けの手形用紙に手形要件を記入して提出したものの耳の部分で、真実の貸付先がメモされていることがあり、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりにすることができることが認められる。

〈123〉 印影((二)336)

前顕乙第一四号証、証人北島孝康の証言によれば、印影は、担当者が顧客の印影を備忘のためメモ用紙に押印したもので、使用目的を調査し、あるいは犯則嫌疑者の使用印と照合することによつて、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見する手掛かりにすることができることが認められる。

〈124〉 名刺箱・名刺((一)563、682)

前顕乙第一四号証、証人北島孝康の証言によれば、犯則嫌疑者の名刺には、来店日、用件等がメモされていることがあり、当日の伝票と対照して預金名義、金額等を明らかにすることができることが認められる。

〈125〉 預金関係往復文書((二)177)

前顕乙第一四号証、証人北島孝康の証言によれば、預金関係往復文書は、金融機関が預金者と事務連絡をした関係書類で、紛失届、改印届の真否を確認するために預金者に発送した文書の控え及びその回答書であり、回答書が存在すれば実名預金であると推測されるから、嫌疑者に帰属する仮名預金か否かを判断する資料にすることができることが認められる。

〈126〉 キヤツシユボツクス等((一)133、134)・五百円札一枚((二)9)

前顕乙第一四号証、証人北島孝康の証言によれば、キヤツシユボツクス等は、収納されていた仮証(〈71〉)、雑書類(〈95〉)を差し押えるために容器自体を差し押えたものであり、五百円札一枚は、差し押えるべき約束手形一四枚に同封されていたもので、封筒ごと差し押えたものであることが認められる。

以上のように、本件強制調査においては、差押物が関連性を有する可能性のあるものか否かについて選別作業が行われ、本件差押物の大半につき右可能性が肯認できることを考慮すると、本件強制調査においては関連性に関する蓋然的判断がなされており、無差別、包括的な差押えがなされたものではないことが認められる。

5  もつとも、第六記載のとおり、本件強制調査の際に職員及び部外者による妨害行為が行われたため、関連性の有無の判断に十分な時間をかけることができず、上野支店では選別班による第二次的選別を途中で打ち切つており、右判断が通常の場合に比し正確さ、厳密さの程度において劣るものであつたことが容易に推認できる。

そして、本件差押物のうち、〈1〉機械化資料((一)142)、〈2〉銀行関係印影表((一)228)、〈3〉見本帳((一)229)、〈4〉新高産業株式会社・朴永岩・鄭栄采関係書類((一)628、640、680)、〈5〉収納取扱店事務取扱の手引((二)37)、〈6〉信用組合概況一覧表((二)77)、〈7〉総代理事住所録((二)173)、〈8〉鍵((二)258)については、関連性を有するとの可能性を肯認することが困難である。また、〈1〉本支店勘定元帳((一)567)、〈2〉手形貸付金記入帳((一)569)、〈3〉仮受金記入帳((一)570)、〈4〉物品出納帳((一)571)、〈5〉有価証券担保品台帳((一)572)、〈6〉預金利子諸税記入帳((一)573)、〈7〉不動産担保品台帳((一)574)については、未使用であつた疑いがある。すなわち、証人梁武男(第二回)の証言及び〈1〉につき前顕甲第六九号証の一四二イないしニ、〈2〉につき同号証の一四三イないしニ、〈3〉につき同号証の一四四イないしハ、〈4〉につき同号証の一四五イないしハ、〈5〉につき同号証の一四六イないしホ、〈6〉につき同号証の一四七イないしハ、〈7〉につき同号証の一四八イないしルによれば、その全部(〈1〉ないし〈5〉、〈7〉)又は一部(〈6〉)が未使用であつた疑いがある。

更に、証人村井勲の証言によると、査察官が選別のため集めた預金通帳を乱入した部外者が取り上げてまき散らしたため、他の査察官がその一部を選別済みのものと誤認して差押物に含めたことが認められる。

しかしながら、関連性の有無の判断は、その場の状況に応じ可能な限度においてなせば足り、第六記載のように、職員及び部外者により激しい調査妨害がなされるという緊急事態の下にあつては、右判断が通常の場合に比し正確さ、厳密さの程度において劣つたとしても、違法ということはできない。また、本件差押物の中に、右に掲げたような物件が含まれるに至つたのは、本件強制調査の際の右状況に照らし、査察官が関連性の判断を誤つたか、選別済みのものと誤認したか、あるいは他の差押物の中にたまたま混入したものと考えざるを得ず、右状況の下にあつて右物件を差し押えたことにつき、査察官に過失があつたものと認めるのは困難である。また、右程度の物件が差押物の中に含まれていたからといつて、本件強制調査がそれにより全体として違法となるものではないと解される。

6  原告は、本件差押物のうちその後の刑事裁判で証拠として使用されたものはごく一部であり、また、本件差押物の中で本件複写物の原本の占める割合が極めて小さく、更に、本件差押物のうち三〇〇余点が本件強制調査の翌日に原告に還付されたことからして、本件強制調査により無差別的差押えがなされたことは明らかであると主張する。

原告の右主張は、刑事裁判の証拠とならず、特に本件複写物の対象にもならず、また、翌日に早くも還付されたようなものは、もともと関連性を有しなかつたものであろうということを前提とするものであるが、差押えの時点において、当該物件が関連性を有する可能性のあるものと判断したことに合理性が存すれば、その後の検討において関連性を有しないことが判明したとしても、当該差押えが違法となるものではない。したがつて、当該犯則嫌疑者が結局起訴されなかつたり、あるいは刑事裁判で差押物が証拠として使用されなかつたとしても、当該差押えの適法性に直接影響するものではない。また、犯則事実の証明のため法廷に提出すべき証拠を発見し選択する経過において、多くの資料を必要とすることが考えられるが、これらの資料がたとえ刑事裁判の証拠とされなくても、その関連性を肯定できることは前叙のとおりであるところ、証人小林一誠、同竹下文男、同木場初、同横田光信(第一回)、同荒井啓亘(第二回)、同北畠文雄の各証言によると、本件差押物の全部につき証拠価値の点検と選択がなされ、留置の必要のなくなつたものにつき翌日から還付がなされ、保全の必要が存すると認められたものにつき本件複写物が作成されたもので、それ以外のものが関連性を全く有しなかつたものではないことが認められる。更に、本件差押物の多くは帳簿や綴で一冊の帳簿等の中の一部につき証拠価値が認められて複写物の作成されたことがうかがえるが、このような場合でも、その部分が当該帳簿等の一部であることに意義のある可能性があり、また、当該帳簿等の解体・散逸を防ぐ趣旨から、その一冊全体を差し押えることは許されると解される。以上を総合考慮すれば、原告主張のような事情が存したからといつて、無差別的差押えがなされたものということはできず、前記認定を覆すことはできない。

また、原告は、本件差押物のうち被告国が関連性を主張するものはごく一部にすぎず、その余については関連性の主張すらなされていないと主張するが、原告の右主張は、被告国が乙第一五ないし第一九号証掲記の物件についてのみ関連性を主張しているとの前提に立つものであるところ、右乙号証は複写物の現存するものについて関連性を説明したものであつて、被告国は本件差押物の全部につき関連性を主張していることが弁論の全趣旨から明らかであるから、原告の右主張は、前提を欠き、失当である。

更に、原告は、李五達関係の差押物のうち一二点は昭和四一年一月分以降の伝票であつて、本件許可状記載の昭和三九年分及び昭和四〇年分の所得税に係る犯則事実とは関連性がないと主張するが、右両年分の預金等の帰属を解明する手掛かりとして、その前後の年分の資金の流れを把握するという意味において、右伝票の関連性を否定することはできない。

7  なお、差押物につき関連性が肯定される場合であつても、犯則の態様・軽重、差押物の証拠としての価値・重要性、差押物が隠滅毀損される虞の有無、差押えによつて受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし、明らかに差押えの必要がないと認められるときは、差押えは許されないと解されるが、本件差押物の全般につき明らかに差押えの必要性が存しなかつたものと認むべき事情はない。この点につき、原告は、本件差押物の中には原告が東京国税局に写しを提出したものの原本や控えが含まれていると主張するが、原本や控えであつても、写しとの照合や、書込みの点検のため差押えの必要がないとはいえない。

また、差押時点において右の必要性が肯認されても、その後の点検で関連性がないことや、あつても極めて薄いことが判明した場合には、速やかに還付を行うべきであるが、本件においては、点検済みの分につき本件強制調査の翌朝から還付が開始されており、この点においても違法性は存しないというべきである。

8  以上の次第であるから、本件差押物の関連性の不存在に関する原告の主張は理由がない。

一〇  職権濫用の主張について

原告は、小林・木場両統括官及びその指揮を受けた査察官、警察官は、本件強制調査の際、職員に対し様々の暴行を加え、暴言を浴びせ、机の引出し、ロツカー等の設備、機械を破壊するなどの職権濫用を行つたと主張する。

1  証人姜順子の証言、同証言により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一〇及び同証人の写真であることが認められる甲第一二号証の二六、証人厳翼朝の証言、同証言により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一ないし九及び負傷者の写真であることが認められる甲第一二号証の二二ないし二五、二七ないし三〇によれば、職員らの中には本件強制調査の際に負傷したものがあることが認められる(ただし、右各甲号証と甲第三五、第三六号証に表示されている氏名が一致せず、正確な人員は必ずしも明らかでない。)。そして、本店の状況について、証人朴浩吉は、査察官が女子職員らに、「ばかやろう。」、「こういう仕事はお前らの国に行つてやれ。」などと怒鳴りながら髪を引つ張る、倒す、押え付けるなどの暴行を加えた旨、証人姜順子は、同女が査察官が机の引出しの中を捜索し始めたので抗議したところ、突き飛ばされ、そのはずみで隣りの机に腰をぶつけ、左足を捻挫した旨、証人成正春は、姜順子が数人の査察官に取り囲まれつかまれていた旨各供述している。更に、上野支店の状況について、証人洪菊江は、同女がカウンターや副支店長席付近で警察官に突き飛ばされたり、足を蹴られたりした、文済根が段ボール箱の搬出直前、正面出入口付近で警察官に投げ飛ばされ、ネクタイで首を締められた、梁秀暎がカウンター付近で髪を引つ張られ肘で突かれた旨、証人厳翼朝は、二階大金庫前で査察官と職員がもみ合つていた際、職員が五、六名の査察官に突き飛ばされ、腕を引つ張られたりしたので、同証人が助けに入つたところ、後方から査察官にはがいじめされて投げ飛ばされ、そのはずみで机の角で腰を打ち手を負傷した旨各供述している。しかしながら、第六の二及び三記載のとおり、本件強制調査の際には職員及び部外者による激しい妨害行為が行われ、警察官の援助が必要となり、現に、職員らによつて、本店では扉を押し破られ、上野支店では二階大金庫を閉められた上、査察官や警察官が店内に閉じ込められるという事態まで発生し、強制調査が中途で打ち切られているのであつて、かかる状況の下において、査察官や警察官が何らの実力行使にも出ていない職員らに対し一方的な攻撃を加えたものとは考え難く、右各証言はにわかに措信できず、前記の職員らの負傷は、調査に対する妨害の制止・排除の過程で偶発的に生じたものと認めるのが自然であり、この点において査察官らに違法行為があつたものとは認められない。

また、証人朴浩吉、同鄭基東、同加室芳人の各証言によると、本件強制調査の際、査察官から背中に白墨で印を付けられた職員のいることが認められるが、右に述べた本件強制調査の状況に照らせば、右査察官の行為は、公務の執行による調査の妨害者を特定するためのものと推認され、違法とまで認めることは困難である。

2  次に、原告が財産的損害として主張する設備、機械類の破損について検討する。

(一) 本店の営業部出入口扉

本店営業部出入口扉が破損した状況は、第六の二2(三)記載のとおりであつて、警備担当の査察官五名が、右扉の外側に出入禁止の表示紙を貼つた上、内側から施錠して開けられないよう扉を押えていたにもかかわらず、多数の職員や部外者が出入禁止の措置を無視して強引に押し開けたため、蝶番が壊れて扉が内側に倒れ破損したものである。証人崔載淳(第二回)の証言によれば、原告は右扉の修理代五万五六五〇円を支払つたことが認められるが、査察官のとつた出入禁止の措置は国犯法九条の規定に従つたものであり、扉の破損は職員らの行為によるものというべきであるから、査察官らの職権濫用を論ずる余地はない。

(二) 本店の営業部長事務用机

証人崔載淳(第二回)の証言によれば、原告は本店営業部長の事務用机の鍵の破損を修理するため二万六〇〇〇円を支払つたことが認められるが、第八の七記載のとおり、査察官が右鍵を破壊したものの、それは国犯法三条ノ二第一項の規定に基づく正当な職務行為であり、したがつて、原告が被告国に対し損害賠償として右修理代を請求することはできない。

(三) 上野支店のブラインド・カーテン

第六の三4(三)(四)記載のとおり、上野支店での本件強制調査の際、一階正面出入口が職員及び部外者に占拠され、しかもシヤツターの電源が切れて動かなくなり、査察官及び警察官が一時店内に閉じ込められた状態になつた。そこで、これを救出するため、警察官約二〇名が二階ベランダに鉄梯子をかけて事務室内に入つた。その際、職員や部外者は、ブラインドを下ろし、バリケードを築くなどして入室を妨害した。ところで、前顕甲第一二号証の三、一五ないし二一、証人崔載淳(第二回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第五九号証の二、三、同証言によれば、警察官が二階事務室内に入る際、ブラインドが破損し、原告はその修理代として合計一〇万一〇一五円を支払つたことが認められる(カーテンが破損したことを認めるに足りる証拠はないが、ブラインドの補修の一環としてカーテン代が支出されたと考えられる。)。しかしながら、右のブラインドの破損は、職員らが二階のブラインドを下ろしバリケードを築くなどして警察官の入室を実力で妨害する挙に出たため、警察官がこれを排除する際に生じたものと認められるところ、右の状況に照らせば、警察官が二階ベランダから入室し、その際妨害を排除した行為は正当な職務行為と認められ、それにより右のような損害が発生したとしても、原告がこれを損害賠償として被告国に請求することはできない。

(四) 上野支店のカウンター及び普通預金計算機

前顕甲第三六号証、甲第五九号証の二、証人崔載淳(第二回)の証言によれば、上野支店での本件強制調査の際のカウンターその他の箇所が破損したので、原告は合計一五万円をかけて修理したこと、同じくカウンターに接して置かれていた普通預金計算機も破損し、原告は九〇〇円をかけて修理したことが認められるが、査察官や警察官がこれらを破損させたことを認むべき証拠はない。かえつて、証人早川博治の証言によれば、職員又は部外者が右カウンターに土足で上がり叫んでいたことが認められ、その際カウンターや普通預金計算機が破損した疑いも否定できない。したがつて、右の破損に関し査察官らの職権濫用を論ずることはできず、原告が右損害を被告国に請求することもできない。

(五) 上野支店のシヤツター

第六の三4(四)記載のとおり、上野支店での本件強制調査の際、一階正面出入口を職員や部外者が占拠し、シヤツターの電源も切れて動かなかつたため、査察官及び警察官が店内に閉じ込められた。そこで、他の警察官が職員らを排除した上、ジヤツキでシヤツターを約四〇センチメートル押し上げて出口を確保したものである。前顕甲第一二号証の一、二、証人崔載淳(第二回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第五九号証の一、同証言によれば、ジヤツキでシヤツターを押し上げた際シヤツターが破損し、原告はその修理代として六〇〇〇円を支払つたことが認められる。しかしながら、右シヤツターをジヤツキで押し上げた行為は、店内に閉じ込められた査察官及び警察官の出口を確保するためのもので、正当な職務行為と認められ、原告が被告国に対し右修理代を損害賠償として請求することはできない。

(六) 上野支店の出入口扉の鍵

前顕甲第五九号証の二、証人崔載淳(第二回)の証言、弁論の全趣旨によれば、上野支店での本件強制調査の際、一階事務室から朝鮮商工会館廊下に通じる通用口の把手が破損したので、原告はこれを取り替え、代金九〇〇〇円を支払つたことが認められる。しかし、査察官や警察官が右把手を破損させたことを認めるに足りる証拠はない。かえつて、第六の三1(三)記載のとおり、査察官が右扉の外側に出入禁止の表示紙を貼付して施錠し、内側から警備に当たつていたところ、部外者が外側から無理に開けようとしたり、その後店内に乱入した部外者が警備の査察官を排除して強引に開扉したなどの状況を考えると、把手の破損は査察官及び警察官の行為によるものではなく、むしろ部外者の行為によつて生じたものと推認するのが相当である。

3  更に、現金紛失の主張について検討するに、証人梁武男(第三回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第五八号証の一、同号証の二の一、同号証の三の一ないし五、証人崔載淳(第二回)、同姜順子、同朴浩吉、同梁武男(第三回)の各証言によれば、本店では、昭和四二年一二月一三日の本件強制調査実施の直前に、預金者の李泰熙から電話で、同人名義の別段預金二二万四八〇〇円のうち五万円を当座預金に振り替え、残り一七万四八〇〇円を現金化しておいてもらいたいとの依頼を受け、その手続をして一七万四八〇〇円の現金を保管していたところ、右現金が紛失したため、同月二五日一七万四八〇〇円を仮払金として李泰熙に弁済することとし、うち金一二万四八〇〇円を同人名義の当座預金に入金し、残金五万円を現金で同人に支払つたことが認められる。

原告は、右の現金一七万四八〇〇円は本件強制調査の際に査察官が持ち去つたものであると主張し、本店預金係主任の姜順子は、右現金は封筒に入れ同女が自己の机右側引出しに保管していたところ、本件強制調査の直後にそれがなくなつていることを発見した旨証言している。しかし、証人村井勲の証言によれば、預金係の捜索責任者であつた査察官村井勲は、各査察官に対し、現金には一切手を触れないよう事前に指示したこと、姜順子の机の引出しは同査察官と査察官伊藤英男が捜索に当たり、右側の引出しは村井査察官が捜索したこと、同女は終始その傍らに立つて捜索の状況を見守つていたことが認められる。そして、証人村井勲は、査察官が姜順子の引出しから現金入りの封筒を持ち出したことを否定しており、証人姜順子の証言によれば、同女自身も、机の捜索に当たつた査察官が引出しの中から現金入りの封筒を出しているのを見ていないことが認められ、前叙のとおり本店営業部事務室内が職員及び部外者の調査妨害により相当に混乱していたことをも総合勘案すれば、証人姜順子の証言のみで査察官が右現金を持ち去つたものと認めることはできず、他に査察官又は警察官が右現金の紛失について責任を負うものと認めるに足りる証拠はない。

よつて、職権濫用に関する原告の主張は、いずれも理由がない。

第九本件損害賠償・名誉回復請求について

以上のとおり、本件許可状の請求、本件発付処分及び本件強制調査はいずれも適法であり、これに関与した野坂査察官、蜂谷裁判官、小林・木場両統括官を始めとする査察官及び警察官が故意又は過失によつて違法な公権力の行使をしたものとは認められないから、原告の本件損害賠償請求及び名誉回復請求は、いずれも理由がない。

第一〇本件複写物引渡請求について

一  原告は、被告国に対し、本件差押物の所有権に基づき、その一部の複写である本件複写物の引渡しを請求する。

しかしながら、本件複写物は、東京国税局収税官吏が同局の複写機及び用紙を使用して作成したもので、その所有権は被告国に帰属し、本件差押物に係る原告の所有権の効力が本件複写物に及ぶものではない。原告の主張も、本件複写物の所有権自体が原告に帰属することを主張する趣旨ではなく、収税官吏が本件差押物の完全な機械コピーである本件複写物を保有することは、本件差押物の所有権を侵害するものであるから、その侵害排除のため本件複写物の引渡しを求めるというものである。そこで、収税官吏において本件複写物を保有することが原告に対する関係で違法な権利侵害となるか否かを検討する。収税官吏は、国犯法により、犯則事件の証憑と思料される物件を差し押え、これを留置することができるのであつて、その複写物を作成保有することも、国犯法による犯則事件の調査権の一環として当然許されると解される。殊に、本件のように、差押物が営業関係の帳簿等である場合には、被差押者の営業上の都合と犯則事件調査上の必要を調和させるため、収税官吏において複写物を作成し、差押物自体は還付するのが適切な措置といえるのである。そして、収税官吏による作成保有が適法行為である以上は、それにより被差押者に何らかの不都合が発生するとしても、被差押者において受忍すべきである。本件においても、東京国税局収税官吏は本件差押物を適法に差し押えたのであるから、その複写物の作成保有も適法というべく、原告においてその排除を求めることはできない。もつとも、収税官吏が複写物を犯則事件の調査及び処理以外の目的に使用し、それにより被差押者に具体的な権利侵害が発生しているというのであれば、被差押者において右使用の差止めを求めることができると解する余地があろうが、本件においてはかかる主張はない。

二  次に原告は、被告国に対し、営業上の支配権ないし営業権に基づいて本件複写物の引渡しを請求する。

しかし、東京国税局収税官吏は、一記載のとおり、本件複写物を適法に作成保有しているのであつて、原告は、これを受忍すべきであり、営業上の支配権ないし営業権によつてもその引渡しを請求できない。

三  更に、原告は、被告国に対し、民法七二三条に基づいて本件複写物の引渡しを請求する。

しかしながら、前叙のとおり、本件強制調査は適法に実施されたのであつて、何ら不法行為を構成するものではないから、原告の請求はその前提において理由がない。

以上のとおりであつて、原告の本件複写物引渡請求は、いずれも理由がない。

第二結語

よつて、原告の本訴各請求中、本件発付処分及び本件差押処分の各取消請求に係る訴えをいずれも却下し、その余の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 泉徳治 大藤敏 杉山正己)

第一目録(一)、第二目録(一)(二)(三)、第三目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例